私の母は何度も言っているが、元小学教諭で、辞めたあとも結構長い間自宅で個人塾をやっていた。
個人塾は本人は「寺子屋」と言っており、所謂進学塾について行けない子や、不良で学校からも見放された子、不登校だが高校は行きたい、という子のセーフティーネットになっていた。
なので想像に難くないと思うが、我が家のリビングは週に3回「ここは幼稚園か動物園かよ!」という有様になっていた。
私はそんな母の塾を嫌って、わざわざバスで駅二つ向こうの進学塾に行っていた。
だが母の手にかかれば、中3で約分ができない子も、自分の住所を漢字で書けない子も、どこかしらの高校に滑り込んでいた。
しかし母はマンガは大好きだったが、ゲームは大嫌いだった。
兄が(診断が下りたのは20歳くらいだったが)重度のアスペルガーで友だちができなかったため、モノで釣って友達を作らせようと家には一応ファミコンもスーファミも買い揃えていたけど、そもそも兄が興味を示さなかったためホコリをかぶっていた。
一度だけ、マリオ1をやらせてみたが、1-1の最初のクリボーに突進して死んだ。
何度言っても右ボタンを押しながらAボタンを押すことができなかった。
まぁ、私もマリオは1-2より先に行けたことがないので偉そうに言えないのだが。
そして、母は「ゲームって人を殴ったり銃で撃ったりするんでしょ!怖い!」と長い間言っていた。
それから20年近く経って、DSの脳トレゲームが流行った。
ワイドショーでも取り上げられるブームだった。
初めて母がゲームに興味を示した。
私はとっくに成人していたが、中学でぷよ通に、高校時代サクラ大戦とアンジェリークにハマって、かなり偏ったゲームオタクになっていたので母に「DS買おうよ。母のお金で」と囁いた。
母は多分脳トレがやりたいというよりも、なんかよく分からんけど、ぴよりが欲しがってるからちょっと触ったら飽きたって言って譲ってあげよう、というつもりだったのだろう、割とあっさり買ってくれた。
ゲームショップに行って、私が本体と脳トレソフトとを買わせるどさくさに紛れて、自分のほしかったぶつ森を紛れ込ませた(悪徳商法)
母は割とお金に鷹揚な上に、子供がほしいといったものは割とホイホイ買う人だったので、何も言わずに買ってくれた(ちなみに当時子供は23歳社会人である)
私はそれより前のゲームキューブ版で、まだ全く人気のなかったぶつ森を中古ゲーム屋で発掘してハマって、友人に布教しようとするも失敗して孤独にシーラカンスを釣っていた。
案の定、母は脳トレは最初は面白がったが一週間で「うん、もういいや。これなら本でやったほうがいい」となった。
そして私がしめしめとぶつ森を始めようとした時だった。
「なにそれ可愛い」
母がぶつ森に興味を示した。
まぁ、そもそも母のお金で買ったものだし2、3日したら飽きるだろうと、私は母に渡し…もとい返し操作を一通り説明した。
その日から母はゲーム廃人になった。
一応家事は一通りやっていたが、1日12時間くらいDSとにらめっこするようになってたと思う。
私はその時、実家から電車で1時間くらいのところで一人暮らししていたのだが、いつ実家に行っても母は魚を釣っていた。
家事と姑の介護と読書と塾しかやることのなかった母の生活が、何よりゲーム最優先になった。
毎日3時間かけて夕飯を作っていたのに、ためらいなくレトルトのハンバーグや冷凍の煮魚を出すようになった。
ちなみに優先順位最下位は姑の介護になった。
包み隠さず言う。
母はどうぶつの森のために自宅介護していた姑を老人介護施設に入れた。
確かに三度の飯より嫁いびりが好きな性悪ばあちゃんだったが、さすがにちょっとかわいそうだと思う。
喫茶店のマスターが好きらしく、朝も昼も夜も(ゲーム内で)コーヒーを飲んでいた。
とたけけコンサートにも貢いでいた。
いつも「あ!今日はカブ買わなきゃ!」「カブが値上がりしてる!」「あー、昨日まではカブあんな高かったのにー!」とか騒ぐから、実家が小豆相場で破産したトラウマを持つ父が、恐ろしい目で母を見ていたのを私は知っている。
視力が良いのだけが取り柄だった母が60前にして1ヶ月で近視メガネを作ることになった。
あれだけゲーム否定派でビブリオマニアの母が「これは子供やめられんわ。小説なんかよりよっぽど面白い」と言い出した。
終いには、塾に来ていた落ちこぼれどもから本体の時間をいじる裏技を教わったり果物の交換をしていた。
親が知ったらクレームじゃ済まんぞ。
半年くらい経っただろうか。
私も自分でDS買おうかなぁと思い始めていた頃だった。
私の住むマンションに母が怖いものを見た顔で飛び込んできた。
何事か聞く前に母がDS本体とぶつ森を押し付けて来るのだ。
これ、あれだ。
DSが呪いのアイテムだったやつだ。
貞子とか出るやつだ。
話を聞くと、買い物に行こうと道を歩いていたら、地面にはっきりと星型(化石とか埋まってるやつ)が見えて「このままじゃいけない」と恐ろしくなったらしい。
なので、二度と自分がDSをやらないように没収してほしいというのだ。
まぁ、私からするとありがたい話だ。
ありがたく没収させていただいた。
そして、母は二度とゲーム機には触らなくなった。
ゲーム機には。
後か不幸か、そのしばらく後に出会った、後に私のダンナさんになる人はゲームが生きがい、ゲームさえそばにいれば他に何もいらないというゲーマーだった。
しかし、ダンナさんがゲームをしていても、一度でも画面を覗いてしまったら人生が終わるかのようにゲームを避けていた。
一昨年、母に言った。
「スマホでどうぶつの森ができるらしいよ」
そうポケキャンだ。
「え?いくらするの?」
「タダ」
「うそ……!?タダで……森に…!?」
ちなみに私はポケキャンは3日で飽きた。
しかし、母は「なんか違う」とか言いながらも今でも毎日ポケキャンにログインしてるらしい。
課金はしたことない(らしい)が、むしろ未だに毎日欠かさずログインしてる人ってかなり少ないだろう。
香川の条例の時も「まぁ規制する気持ちは分かるし、私もどうぶつの森やってなかったら同意してたかもしれないけど、あんな楽しいものを子供にやるなとか、時間制限しろとか言う方が無茶だよ」と言っていた。
今週末、ダンナさんと実家によるのでスイッチのあつ森を触らせてあげようかと思っている。
14年ぶりに触る森(島だが)に母はどんな反応を示すだろうか。
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