母の話5

母は本なら大抵何でも読んで、私が何を読んでいても基本的には文句を言わない主義の子育てだった。

おかげさまで幼稚園で弘兼憲史や浦沢直樹を読む英才教育を受けて育った。

しかし、母はどうしても不条理ギャグや理屈に合わない話が苦手だった。

ある時、私がクラスの友達にらんまが面白いと聞いて見始めてハマってマンガを買い始めた頃だった。

「らんまはねー男の子なんだけど水をかぶると女の子になってお湯をかぶると元に戻るんだよー」

「え?なんで?」

なんで????

なんで????

なんで????

なんで????

「えっと…中国に呪泉郷って呪いのかかった泉があって、そこでお父さんと修行してたら溺れて呪いにかかったの」

「中国はどうやって行ったの?修行って日本でもできなくない?らんまはホイホイ海外旅行できるくらいお金持ちなの?」

「いや…多分お金はあんまりなくて…でも修行だから…それでお父さんはパンダになったの」

「パンダって…内臓器官も?脳は?」

内臓器官???

脳???????

「いや…普段は普通のご飯食べてるから…笹とか食べてないから…多分内蔵は人間…?脳は…喋れないけど…看板みたいなので文字書いてるから…多分脳も人間…?でも喋れないから…口はパンダ…?」

「それじゃらんまも内臓は男のままなの?そしたらおっぱいあるのおかしいわよね?」

なんなんだよ!!!!

高橋留美子そこまで考えてないよ!!!!!!!

その辺りから、私の「物語を極力深読みして作品のバックボーンを母に解説しなければアニメを見られない」という生活が始まった。

マンガは自分の小遣いで買うので多少母の趣味に合わなくてもよかった。

別に娘が読んでるマンガが気に食わないと取り上げる人ではない。

ただアニメは別問題だ。

我が家にはテレビは3台しかなく(それでも当時としては多い方だった)1台は祖母の部屋の祖母専用、リビングは父がいる時は父専用それ以外は兄がチャンネル権、台所は母が料理や家事をする時のBGM用だ。

つまり私用のテレビはない。

祖母は基本的にアニメが嫌いだ。

兄は私がワガママを言うとだいたい譲ってくれるが母にバレたらめちゃくちゃ怒られる。

私がアニメを見るには母を言いくるめなければならない。

ちなみにアニメの背景説明に「アニメだから」「マンガだから」「作者の趣味」は認められない。

別に説明できなければチャンネル変えられたりはしないが、集中してアニメを見たいのに後ろからひたすら「なんで」「どうして」と聞かれるのは不快でしかない。

今みたいにスマホで配信で見れたりしないし、ビデオも録画本数が限られるしあまり繰り返してみてたら擦り切れる。

ドラゴンボールは途中で話の見たさよりも説明の面倒さが勝って見るのを止めてしまった。

ちなみに途中というのはかめはめ波を習得したかどうかの辺りである。

めっちゃ序盤である。

なので成人するまでベジータの存在をなんとなくしか知らなかった。

未だにピッコロさんはそもそも何者なのか分からない。

大魔王とか言われてるからには強いんだろうけど、どのくらい強いのか分かってない。

で、最初の鬼門はセーラームーンだった。

私はセーラームーンにすごくハマった。

友達とも毎週月曜日(セーラームーンは土曜の夜放送)に前回のセーラームーンの感想を語り合わなければならなかった。

なのでとにかく母に説明をした。

原作を読み込み、アニメを見返し、各キャラの家庭環境バックボーン前世の因縁未来の行く末まで全て淀みなく答えられるようになっていた。

しかし母の質問に最後まで答えられなかった。

「なんで太古の昔からある宇宙の王国の戦士の服がセーラー服なの?あとなんで宇宙で一番月が一番偉い扱いなの?月って地球の衛星だよ?理科で習ったでしょ?」

おかげで私はセーラームーンは全部録画で夜中にこっそり見る羽目になった。

母はセーラームーンを破廉恥とか暴力的とかは一度も言ったことがなかった。

ただ何故月が一番偉い扱いなのかが説明できずに堂々と見られなかったのだ。

スラムダンクに至ってはそもそもほとんどのキャラが家や家族の描写がないので「この子達の親御さんの職業は?」「世帯年収は?」「家族構成は?」「どういった教育方針なの?」という家庭訪問でも聞かれない質問を捏造して答えられるようになった。

その特訓の甲斐あって、国語の物語読解はめちゃくちゃ得意だった。

架空のキャラのありもしない世帯年収を捏造するのに比べれば、文章中に答えのある登場人物の感情を読むなど笑えるほど簡単だ。

結果、二次創作(というより脳内設定)と公式の区別がつかない同人女になったけど。

そういう意味ではレイアースやスレイヤーズは天国だった。

「異世界だから」で全部通ってしまうからだ。

アニメは(ふしぎ遊戯はウチの地域では放送されてなかった)なかったが、ふしぎ遊戯やぼくの地球を守っても母のお眼鏡にかなった。

要するに母はキャラクターの家庭環境や社会背景や財政状況が気になってたまらない病気なのだ。

なのでセイントテールや東京ミュウミュウは面白そうだなーとは思いつつ「絶対母の邪魔が入る」と見られず仕舞いだった。

ウテナ・エヴァ・ガンダムWあたりは最初から嫌な予感がしていたのでこっそり友達の家で見ていたが正解だった。

あんなもん家で見た日には怒涛のツッコミで話どころじゃない。

で、大学で一人暮らしをして初めてチャンネル権と何の茶々も入れられずアニメを見られる権利を得て見たのが、おジャ魔女どれみだった。

私は驚愕した。

労働基準法!

営業許可!

食品衛生法!

固定資産税!

個人事業税!

消費税!

母が見たら片っ端からツッコみそうなことが全部無視されて物語が進んでいく。

物語とはこんなに自由なものだったのか。

一瞬で何のしがらみもない世界に入り込んだ18歳だった。

そこから女児アニメ沼にズブズブ入って見事プリキュアおばさんの出来上がりである。

ただ三つ子の魂百までで、自分で話を作るとまず世帯年収や何なら命名の由来から考えてしまう。

病気である。

最近(というかスタプリが始まった頃)「宇宙人の女の子が転校してくるんだけどね」と言った瞬間「あー、前の学校の履歴が書かれてない子!保護者もよその家の子!(ララはそもそも保護者いないけど)家と連絡取っちゃいけない子!めんどくさい子!」と叫びだした。

そういえば母は元小学教諭だった。

そりゃ、親の世帯年収とか教育方針とか気にするよね…。

今だから思うことがある。

母、テニプリ見たら発狂するだろうな…。

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