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私の憂鬱。

第二十六話




言いたい事はそりゃあ、たくさんある。
なんで昨日現れなかったのだ、とか。
連絡もなしにいきなり訪問してくるとはどういうことだ、とか。
浮気者ってそもそもあんた私の恋人か、とか。
 
とにかく目の前の男(今は背後にいるけれど)に喚いてやりたい事は山とある。
あるんだけど。
 
情けない事に言葉にならず、私は流れる涙もとめられない始末で。
 
会いたかったのよ。会いたくて仕方なかったの。
寂しかった。毎日あんたのことばっかり馬鹿みたいに考えていたから。
 
好きだと言う感情が瞬間的にあふれかえってしまって、私はもうどうしたらいいのかわからない。
新から、泣いている私は見えているんだろうか。
もし気付いていないんなら、とにかく今のうちに涙を止めようと頑張ったんだけど、タイミング悪く私の喉がひく、と鳴ってしまった。
 
場は静まり返っていたから余計に声が響いてしまって。
……というかなんでこんなに重苦しい沈黙が包んでるの?
涙でぼやけてよく見えないけど、一哉が新を……睨んでる?ような。
 
「一哉……?」
 
その光景がとても不思議に思えてしまい、私は彼の名前を弱弱しく呟いた。
すると一哉がそれに気が付いて表情をかえる。
私に視線をやると少し苦しそうに笑っていた。
 
その表情で察しない程鈍くはない。悲しませているのは私なのね。
私は涙を浮かべたまま、一哉の顔を見つめ返す。
けれど次の瞬間、急に視界が反転した。
驚きに固まる暇もまして声を発する暇もなく、私の唇を何かが塞いだ。
 
……新にキスされている。
それを認識しただけで、私は心身ともに震えだして、感情があふれるようにまた涙がめいっぱい眦に集まってきた。
ぽとぽとと粒が落ちていくのがわかって、その裏でなぜか一部の冷静な思考は一哉がきっと見ているのに、と自分を責める。
 
最低だ。拒めない。
嬉しくて嬉しくてたまらない、と心が悲鳴をあげている。
 
新に応えるでもなく、けれども拒絶するでもなく、
私は彼の腕の中でしばらくされるがままになっていた。
けれどやがてゆっくりと新の愛撫が終わりを告げて、離れ際惜しむかのように軽く食まれた下唇がちゅ、と音を立てた。
それが妙に卑猥に感じてしまい、私は顔を羞恥で真っ赤に染め上げる。
久々だから、ポーカーフェイスもきっとうまく作れない。
 
にしたって、なんで突然キスなんかするんだろう。一哉の目の前で。
無意識に、きっと新を睨むような目つきになっていたんだろう。
顔を離した新の表情がみるみる不機嫌なそれになったのがわかって、私はそれに呼応するように疑問符を浮かべながらも眉根を寄せる。
 
「言ったでしょ。僕の前であいつの名前を呼んだら、いつでもどこでもキスするからねって」
 
深咲さんてば忘れちゃったの?なんて。首を傾げて新が微笑む。
ああもう。相変わらず憎たらしい仕草と表情だ。
 
「……反則じゃないのか」
 
唸るような声音に、私と新が同時に振り向く。
怒気を孕んだ一哉が、そこには立っていた。
 
新は私を自身の腕に抱きこもうとするけれど、さすがにそうはいかない。
私は今度こそ彼の懐を拒み、僅かながら距離を取った。
新はそれに何を思ったのか一瞬傷付いたような顔をしていた。
 
「……僕がいない間、あなたは口説き放題だったわけでしょ?勝負は五分五分なんじゃないのかな」
「君が存在しないぶん、深咲が変に遠慮をしてしまってね。進藤君、去り際になにか卑怯な事を吹き込んだんじゃないのかい」
 
微笑みながらそんな言葉を浴びせる一哉に、私はどきりとする。
私そんなにわかりやすい態度だったかしら。
 
しかしそんな一哉を余裕顔で新が応戦する。
 
「あくまでも受け止めるのは深咲さんだよ、僕じゃない」
「深咲が必要以上に優しくて真面目だってわかっていてやったんだろう?まったく、おかげで俺はベッドに眠る彼女を拝むのに随分時間がかかったよ」
「な、一哉!」
 
そんなあからさまに誤解させるように発言しなくても!
そもそも案外冷静だから、新もそんな挑発のらないんじゃないの……って。
 
左を振り向いてみたらものすっごい冷気しょってるー!
初めて新を心底怖いと思ってしまった!!
 
「……とにかく。俺はすべての問題を片付けて来た。あんたがどういうつもりなのか知らないけど俺はこの場所を二度と手放すつもりはないよ」
「まるでもう勝負は着いたみたいな言い方だね?」
「諦めの悪い男は嫌われるよ」
「果たしてそれはどっちかな」
 
にこ、と微笑む一哉の言葉の意味を、新はきっとわかっていないのだろう。
私も一瞬わからなかったけれど、近付いて耳元で囁かれた一哉の言葉に私はすっかり失念していた事を思い出した。
 
「彼は間に合わなかった。そうだろう?」
 
目を見開いて一哉の顔を見つめれば、一哉はするり、と私の頬に手を滑らせる。
 
「現在進行形の世界に居るのは俺だけのはずだよね?深咲」
「一哉……」
「卑怯なのは、やっぱり俺なのかな」
 
困ったような彼の笑顔に、私はふるふると首を振る。
このまま、新を素直に受け入れていいのかどうか、わからなくなってしまう。
確かに、過去へ置いて行こうと昨日決めたばかりだったから。
一哉の言い分はもっともなのだ。
 
「悔しいけれど、今日は譲るよ。いい返事を期待してる」
 
苦笑して去って行く一哉の後姿を、呆然と見つめていた。
強引な男になるって言っておいて、やっぱり彼は底抜けに優しい。
普通、この場で引かないと思うんだけど。
 
「……深咲さん」
「!!」
 
低い声で呼ばれた名前に、後ろを振り返る。
そこには不機嫌もいいとこ、といった風情の新が立っていた。
 
「僕、お邪魔だった?来なければ良かったかな」
「あら、そうだって言ったら家に上がらずに帰ってくれるわけ?」
 
私の言葉に、新はまたも鋭い視線を投げかける。
なんだか久々だったから多少の意地悪はしたくなってしまう。
……あー、でも。本当に家に上げちゃうのはまずいかもしれない。
 
色々と逡巡していると、気が付けば新の腕が私の背中にまわりこんでいた。
す、素早い。
というか私は、隙がありすぎるのかしら。
なんか最近、一哉にもしょっちゅう抱きつかれていた気がするわ。
 
「うそつき」
「え?」
 
新の呟きの意味がわからず訝って私が声をあげれば、新の纏う空気が揺れた。彼が微笑んだのだ。
 
「僕に再会して嬉しくて泣いちゃったくせに」
「!そ、それはっ」
「あんなにいっぱい泣いちゃって深咲さんてば、かぁわいい」
 
ふふふ、と楽しそうに笑う新の言葉に、私は消え入りそうな程恥ずかしかった。
よりにもよって、こいつにあんな子どもみたいな泣き顔を見られるとは不覚。
しかも、こいつが原因で、なんて。あああ、最悪!
 
「さっきの。どういう意味なのかすっごく気になるんだけど」
「…………」
「とりあえず家に上がる前に確認」
「な、なに?」
 
抱きしめていた腕をゆるめた新が、私の顔を覗き込んでくる。
至近距離に今更どきどきしてしまう。
暗がりだから顔色はそんなに見えないはずだけど、ばれてしまうかもしれないと赤面し続けるその顔に冷や汗をかいた。
 
「冴島と、まさか正式に付き合いだした、とか言わないよね?」
「はあ!?」
「だってずーっと下の名前で呼んでるし」
「それは、今日は個人的に仕事抜きで一哉と外で会っていたから」
「……デートってこと?」
 
一段低くなった新たの声音に僅か肩を揺らして瞳を泳がせながらも、私は懸命に声をあげた。
 
「まあ、そうなるの、かしら」
 
その言葉に、新はす、と目を細めた。
 
「浮気者」
「だからなんでよ!あんたと私は恋人でもなんでもないでしょうが!!」
「僕もう深咲さん一筋だからね?全部打ち明けられる立場になったし。前以上にばんばん文句言うし嫉妬するから」
「今までだってけっこう、うるさかったじゃないの」
「だからそれ以上って言ったじゃない。とりあえず一哉って呼んだら押し倒すってことでどう?」
「いや、おかしいから。昔の友達名前で呼んで何が悪いの」
「向こうが友達と思えてないんだから駄目に決まってるじゃない」
「その自論でいくと私が新って呼ぶのも駄目なんじゃないの?」
「向こうは何も言ってこないんだからいーの」
 
なんだその、手前勝手なとんでも理論は。
いや、まあ。
今の自分はそれを喜んじゃったりもしているんだけれどもさ。
それでも、胡乱な目をして彼を見つめるくらいは許してほしい。
しかし新はその瞳が気にいらなかったのかなんなのか、ひとつため息を吐いて私の両頬を彼の手で包み込んだ。
 
「そもそも、トモダチとか言っちゃってるけどさ。元恋人じゃない」
「それは、そうだけど……」
「深咲さんは、自分の好きなひとが元恋人に結婚前提に付き合ってほしいって言い寄られててもなんとも思わないわけ?」
 
新に、昔の恋人が?
 
「…………」
 
黙り込んでしまった私の顔を、新が真っ直ぐ見つめている。
私は久しぶりに会った彼が嬉しすぎてなのか気持ちが素直になりすぎてるのか、相変わらずポーカーフェイスを作る事が出来ずに
かなり表情が出てしまっていたんだけれど、このときは全く気付いていなかった。
 
「……んだよ、その嫉妬心剥き出しの表情。僕の居ない間になにしてくれやがった、あの野郎……」
「え?なにか言った?」
 
私から距離を置いてむっつりとした表情になった新が、なにか言っていたのがわかったけれど声が小さすぎてよく聞こえない。
眉間に皺を寄せつつ私は訊ねてみたけれど新はなんにも?と微笑むだけで。
……なんなの、この子は。
 
「とりあえず家に入ろうよ、寒いし」
「……新、お願いがあるんだけど」
「何?」
「なんていうか私、今すごく微妙なの。だからキスもそれ以上も出来ない。それをあなたが我慢できないって言うんなら、家には上げないわ」
 
私の言葉に、新の瞳が揺れてやがてゆっくりと閉じられる。
ふう、とため息を吐いたと思うと、がしがしと頭をぐしゃぐしゃにかき乱し始めた。
 
「あー、もう!!」
「!?新……?」
「失敗したかなあ……でもあの状態じゃ結局なにも前進出来なかったしさ。僕だって深咲さんの隣に立つ権利が欲しかっただけなんだけど」
「…………」
「わかった、約束する。だから家に上げてくれる?」
「……本当?」
「疑り深いなあ」
「だって今までの言動を考えるとなかなか信用し辛いじゃない」
「あんまり信じられないって繰り返すと無理矢理家の中に押し込んで襲うよ?」
 
その言葉に一瞬私は固まってしまう。
……新といい一哉といい、なんか、キャラが微妙に変わってる気がするんだけど。
 
「ったく、開き直んないでよね。いいわ、風邪引かれても困るし上がんなさい」
 
はあ、とため息を吐いて私は玄関をくぐる。
すると現金なもので、新の顔がぱ、と笑顔を取り戻したかと思うと、わーい、なんて言いながら腰に腕を回して抱きついてきた。
 
「ちょっと言った傍からあんたね」
「えー、これはセーフでしょ?キスでもそれ以上でもないもん」
「歩き辛いじゃないの……」
「だって一秒でも離れたら死んじゃう」
「…………」
 
ああ、久々に頭痛が。
なんかなあ、こんなやり取りが日常茶飯事だったのよね。
夢だったのかもしれない、なんて時折思う事もあったくらいなのに。
うん、現実だったわね。
 
むしろべたべたあまあまに磨きがかかっているような。
……はあ。
 
新がおんぶおばけのようにくっついて離れないので
多少(本当はかなりだけど)不便に思いつつもなんとか鍵を開けた。
 
「ちょっと、さすがに靴が脱げないわよ!」
「えー、こうしたら脱げるよ、脱がしてあげる」
 
私が扉の施錠をして抗議の声を上げると、けろっとした声で新が身体をぐるん、と反転させる。
そして私を抱きしめた状態のまますとん、と腰を下ろした。
玄関に足だけ投げ出した状態で、私は新の両足の間に抱え込まれている。
 
……いやいや、なんなのこの状況。おかしいだろう!
 
「ちょっと、」
「はい深咲さん右足からねー」
 
スカートじゃなくてほんっと良かった。いや、こんなこと想定外だったけど!
スキニーパンツに合わせたショートブーツのファスナーを新の手が下ろす。
何故こんな事態になっているのか考えると本当に頭が痛くなるけれど、もう結局私は逆らう事を諦めていた。
 
新が自分の靴も脱いで、立ち上がる。
私も一緒に立ち上がって茶の間へと歩を進めた。
 
「深咲さん、何か飲む?」
「んー……コーヒーが飲みたい、けど」
「りょうかーい、待ってて」
 
するり、とあっさり腕を放して立ち上がる新にちょっと放心してしまう。
さっきまで駄々っ子のようだったこの男は一体なんなのか。
 
『相変わらず家事労働には誇りを持ってるってことなのかしらね。』
 
鼻歌をうたいながらいそいそとコーヒーを淹れる新の後ろ姿をちゃぶだいに肘をつきながらながめる。
 
ああ、ずっと待ち望んでいた光景が目の前に広がっている。
色んなことを、今もぐるぐると考えていて。
過去に置いてきたはずの彼が私の傍に居る。
 
一哉にごめんなさいをきちんと言っていないのに、とか、自分に対してのけじめが、とか
そんな事が頭の中にたくさん過ぎったはずなのに、何故なのだろう。
 
好きだと言う感情の前では理性なんて馬鹿みたいにちっぽけになる。
 
「!深咲さん……?」
 
気が付けば、私は新の背中に体当たりするかのように飛びついていた。
男の子なんだな、やっぱり。広い、背中。
 
自分で手を出すななんて言っておいて。反則だってわかってるけれど。
幸せすぎてせつなすぎて、涙がまたあふれてくる。
 
「……会いたかった」
 
呟いた言葉は、果たして彼に届いたろうか。
けれど思いが伝わらなかったとしても、私は別段かまわない。
声に出したくなっただけだから。
外に逃がしてやらないと、なんだか大変な事になりそうなんだもの。
 
「……深咲さん」
「ん?」
「…………これは、あなたからの約束違反だと思うけど一応謝っとく、ごめん」
「え、」
 
何が、と訊こうとした瞬間、新がくるりと身体を反転させて私と向かい合う。
切羽詰ったような彼の表情に、どきりとした。
 
そうして、次の瞬間。
 
「んっ……!」
 
唇を、私以上に熱い新のそれが塞いだ。
ふたりきりの家の中で。私のいちばん大切な場所で。
いちばんいっしょにいたいと願ったひとと、私は今キスをしているの?
 
ああ、まずい。涙腺がもう決壊しちゃってる。
 
流れる涙をそのままに、私はもう限界で、新の首に腕をまわした。
新は私の背中と後頭部にそれぞれ手を添えて、隙間なく私の唇を奪っていく。
割り開いたそこから大胆に侵入してくる彼の舌を私は素直に受け入れた。
自ら積極的に舌を絡ませ、その呼吸さえもお互いに渡し合ってしまいたいと願う。
 
漏れ聞こえる喘ぎも、こくりと飲み込んだ液も、お互いの激しさを雄弁に語っていて、このまま本当に触れ合えたら、と過ぎってしまう。
 
ああ、でも。さすがに駄目。
……ひとより理性的で本当に良かった。
なんとか感情の波が去っていくのがわかって、私は新の首からゆっくりと腕を下ろす。
彼の肩を伝い、胸に手を添えれば、そっと押した。
 
は、と最後息遣いが聞こえて、私の中心がぞくり、と疼く。
ああ、本当こういうときって私もただの女なんだな、と心底感じる瞬間だ。
 
「……深咲さん」
「……ん?」
 
少し恥ずかしくて、いい大人の癖に私は思わず俯きがちになった。
こんなにはっきりと彼のキスに応えたのは初めてだから、顔が見れない。
 
「ねえ、僕、深咲さんが好きだよ。ずっと一緒にいたい」
「新……」
「僕の事、本当にお婿さんにしてほしい。あなたを愛しているから」
 
彼の言葉に、申し訳ないと思いつつ一瞬噴出しそうになってしまった。
一哉のぱきぱきだったプロポーズと比べるとなんだか随分迫力がない。
……でも、うん。
 
私はこっちのが何十倍も嬉しいな。
 
気持ちは本当に、決まってるん、だけども。
ええーと。色々とまず確認したいこととかあるのよね。
どうしたもんかしら。
 
ああ、無駄に歳を重ねるとこういうときよろしくないわね。
時には情熱だけで突っ走りたいもんだわ。
……まあ、それで失敗したわけだけど。
 
ん?でも、今の結果を考えると新を拾ったのは成功だったのかしら。
でもこれって結果論だからなあ。
 
「ちょっと深咲さん」
「え、あ」
「いくらなんでもひどいよ。すぐマイワールドに入っちゃうんだから。そうやってぼうっとしてる顔もすっごい可愛いから好きだけど」
「……本当相変わらずね、新」
 
あはは、と引き攣った笑いを漏らす私に、新は微笑んで右手を私の頬に添えた。
目を細めて微笑むその表情に、また泣きそうになる。
「ああ、そんな顔しないで。ひょっとして僕の理性をさっきから試してるの?」
「え?」
「次ああなったらもう僕は止める自信ないからね」
「え、あ、その……ご、ごめん」
 
頬を染めて目を逸らす私に、また新が叫ぶ。
 
「だからその顔も反則だってば!あ、コーヒーそろそろだから座ってて」
「ん、ありがと」
 
新も少し頬を染めながら苦笑するので私は素直に従って再度席に着いた。
コーヒーの香りが部屋中に広がる。これも久しぶり。
 
「はい、どうぞ」
「わー!もう新のコーヒー恋しくて仕方なかったのよう!嬉しいー!!」
 
私はちょっとはしゃぎすぎかも、と思ったけれど、それでも我慢が出来なくて目の前のそれを両の手で抱え込んだ。
ああー、いい匂い。これ飲んで原稿書きたかったなあ。
 
こくん、と一口飲む。
 
「美味しい!」
 
もう純粋にそれしか出てこない。本当に美味しい。
ああ、待ち望んだ味が今ここにあるって幸せすぎるわ。
 
「……嬉しいんだけど、ね?」
「ん?」
 
コーヒーを飲んでいる私を頬杖ついてながめる新の顔はどこか困っている。
一応は口角をあげて笑っているんだけど、眉尻がこれでもかってくらい下がってて。
どうしたんだろうか。
 
「……さっきの会いたかったって言葉とかキスとか。まさか僕のご飯に対してじゃないよね?」
「え」
 
それは……一概にないとも言い切れない。
固まった私に、新が目を潤ませてき、と私を睨み付けてきた。
 
「深咲さんのサド!ひどいよう、僕の身体目当てだったなんて!ああ、胃袋をがっしりつかみすぎたあああ!」
「いやあね、そんなわけないでしょ。もちろんそれもあるけど」
「あるんじゃないか!」
「それも・って言ったでしょ?もちろん、新自身に会いたかったに決まってるわ」
 
さっきの聞かれてたのかやっぱり。
まあ、今更照れたって仕方ないから、ここは素直になってみる。
 
予想通り、目の前の新は打って変わって瞳を輝かせた。
 
「深咲さん、愛してる」
「はいはい。……ね、新」
「うん?」
「面倒臭いと思うかもしれないけど。色々と決着はつけときたいのよ私」
「もちろん、僕もそのつもりでここにいるんだよ」
 
にっこりと微笑む新に、私は安堵して頷いた。
冷静にこちらの言葉を受け止めてくれる準備はあるようだ。
 
「まずは、いちばん気になっていた事を訊くわね」
「なあに?」
 
首を傾げる新に、私は咳払いする。……ていうかだから、やめなさいよね、それ。
 
「新」
「はい」
「どうして昨日来なかったの?」
「え?」
 
私の言葉がまるで予想外だったかのように、新は目を丸くする。
でもその反応こそ私は予想外だ。どういうことよ?
 
「だって、約束……ってはっきりとしたわけじゃないかもしれないけど。昨日がちょうど二週間目だったじゃない?だからてっきり、新はもうここに帰って来ないんだと思ってたわ」
 
私の言葉に、新がえ、と間抜けな声を上げたかと思うと、今までになかったくらいかなり深く首を傾げた。
……痛くないのか?首。
 
眉間に皺を寄せて腕を組んだ新の答えを、私は待つ。
 
「深咲さんてば、なに言ってるの?」
「え?」
「二週間目って、昨日じゃなくて今日じゃないか」
 
……いや、お前こそ何を言い出す。


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