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私の憂鬱。

第十五話




「このまま屋敷に強制送還でもする気か?」
 
家の外に停まっていた車へと乗り込んだ新は
後部座席で先程深咲がいかにも真面目なサラリーマン、と心中で呟いた男と横並びに仲良く座っていた。
 
隣に居る男性は、新が横目でぎろり、と睨む視線も構わずに短くええ、と新の問いに肯定する。
 
「今回は少し手間取りました。まさか一箇所に住み着いているとは思いもしませんでしたので」
「ふぅん。…まあ、いいけどさ。屋敷に行く前に話したい事があるんだけど」
 
男の言葉にいかにも興味がないといった風情で新が一本調子の声を発する。
運転主が操縦する高級車のその車内には重苦しい空気が漂っていたが、それを気まずいと思う人間はここには居ない。
現に、男はまたも淡々とした口調で新との会話を続けている。
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、彼にどう思われようともかまわないという態度が、ありありと表ににじみ出ている。
 
「それは致しかねます。お話ならば今なさればよろしいでしょう。そうでなければ着いてからきちんとうかがいます」
 
新の意見を、その顔をみることもなく男は事も無げに却下する。
しかし新はそれを想定していたようで、そのままごそごそと鞄を漁れば、一枚の写真を取り出した。
それをす、と隣に座る男の眼前に突きつけてやれば、男はぴくり、と眉を動かす。
その反応ににや、と新が笑ったのを男は目の端でとらえれば、しかしそれ以上狼狽するでもなく写真を無言で受け取り視線を新から前へ戻せば、懐にそれを収めつつ、運転手へ声をかける。
 
「その先の喫茶店で停まってくれ」
 
低い声で告げられた男の言葉に、新はにやにやとした笑いを止められなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、なにが望みなのですか」
 
午後のお昼時を過ぎた平日のこの時間、駅からも少し距離のあるこの店はほとんど客が入っていない状態だった。
店内には静かに流れるクラシックのBGMに、男と新の声だけが響き渡っている。
 
運ばれたコーヒーは、お互いに一口もくちをつけていなかった。
 
「…伊達さん、この事やっぱり知ってた?」
「いいえ。あなたの居場所を突き止めるのが私の仕事であって、それ以上の事は存じ上げません」
「ああそう。…にしては全く動揺してないねえ。ちなみにそれ以外にも不貞の証拠は色々とあるよ?」
 
不貞の証拠、という言葉に、伊達の眉がまたもぴくりと動いた。
新はそれをまじまじと観察する。
どうやら、彼の動揺の証拠はこの小さな反応だけのようだ。
 
「あなたは…ご自身の従兄弟である聡さとし様の婚約者と関係を持ったとおっしゃるのですか」
「持ったっていうか、一回きりじゃないけど。何度も会ってるよ、奈津美さんとは」
 
しゃあしゃあと言ってのける新に今度こそ伊達は目を丸くする。
その様子が余程おかしかったのか、新はついに噴出した。
笑われたのが気に入らなかったのだろう。
伊達は小さく咳払いをすれば、仕切り直すかのように、表情を戻して新を見据える。
 
「あなたは、一体どういうおつもりなんですか」
「従兄弟ったって、今まで赤の他人だったんだし、むこうだってそうだろう?僕自身、急にあんな場所に住めって言われて困ってるんだよ」
「…本田ほんだ様の事を特別に想っているわけではないのでしょう。ということは、追い出されるのが目的なのですか」
「奈津美さんの事は確かにどうとも思ってないけど。追い出されるのが目的っていうのは違うかなー。大体、これを暴露したら僕の事を厄介払いしてくれるの?」
「それは…直接会長に訊いてみない事にはわかりかねます」
 
無表情にしかし声音は少し困っているようで、奇妙な話し方をしつつ伊達は新からふ、と一瞬だけ視線を逸らす。
 
「だったら何度も言うけど会わせてくんない?気持ち悪いんだよ、急に引き取りたいって言われたって。屋敷に住む人たちだって皆戸惑ってるばっかりだしさ。それもこれも申し出た本人がずーっとだんまり決め込んでるからだろう?」
「尤もなご意見だとは思いますが、会長はお忙しい方ですので」
 
四角四面なその回答に、新はいいかげんうんざりだ、といわんばかりに、盛大なため息を吐く。
 
「そう言ってもう一年じゃないか。どれだけ忙しくとも、いくらなんだって時間は取れるだろう。明らかに避けられてるってわかってて屋敷に居座れる程、僕の面の皮は厚くはないよ」
 
新の言葉に、伊達は黙り込む。
 
「別に我が家は平和だったし幸せだった。だから恨んでも憎んでもいない。大学卒業できて感謝もしてるさ。でも今まで絶縁状態だったのを急に引き取りたいって都合良過ぎるし、なんかあるって思うのが普通じゃないか。跡取りが居ないってわけでもないみたいだし、世襲にそんなにこだわってるわけでもない。となると、僕に一体全体、君達はなにをさせたいわけなのさ」
「それは………」
 
今までとは打って変わって歯切れの悪い返事をするばかりの伊達を新は冷ややかな顔をしつつ眺める。
 
「なんか知ってるんなら教えてくれない?もし言う気がないなら、僕に協力してほしいんだけど」
「…協力?」
「簡単だよ。僕を連れ戻さないで黙って見てて。自由を奪われない限りはたまに屋敷に顔出したって良いんだから。やれ門限だとか節度ある生活をとか、そんなの押し付けられたらかたっくるしくてしょうがないよ。元々僕は庶民だから、かしずかれるのも疲れちゃうし」
「会長がお許しになるとは思えません」
「だから、容認しなくていいんだって。今まで通り、捜してるんだけど捕まえられないっていうのを装ってくれれば」
「しかし…それでは不自然じゃありませんか」
「だから、僕の方はみつかったって装ってたまに帰って来るから。出入りを自由にさせてくれれば僕は上手い事立ち回るって。毎回面倒なんだよ、あんたら撒くの」
「………それを呑めば、本田奈津美様の件はどうこうするつもりはない、ということでよろしいんでしょうか」
「ああ」
 
うなずいた新に、伊達はしばし考えれば眉間に手を当て、人差し指と親指でぐりぐりと揉む。
どうやら悩んでいるらしい。
 
「言っておくけど、お互いに僕達は惚れてるわけじゃない。完全に割り切った関係だっていうのは覚えておいてくれ。奈津美さんは、あくまでも聡さんを愛してる」
「…ならばなぜ、このような事に?」
「そんなの、寂しいからに決まってるじゃないか。相手の心が見えない不安を誰かに埋めてほしいんだろう?で、どうなの。条件呑むの、呑まないの?僕はあの家が滅茶苦茶になろうがどっちでも良いんだけど」
「………わかりました。新様の条件を呑みましょう」
 
その言葉に、新がにっこりと天使のように微笑む。
しかしそれに咳払いをすれば伊達は間髪入れずにそのかわり、と付け足す。
 
「先程おっしゃった事は必ず守ってください。本田様の事は口外せず、屋敷にも時々顔を出す」
「わかってるよ。僕は約束を破るような男じゃない。で、今日の所は深咲さんのところへ戻って良い?」
「それは…」
「明日戻るよ。今日は、途中で逃げられたって事にして、うまく誤魔化しておいて。帰るときは伊達さんに必ず一報入れるし、返事が来るまでは勝手に屋敷に戻ったりしないから。…これでいい?」
 
またも満面の笑みではきはきと話す新に、伊達は今度こそ表情を隠すことなく降参だ、といった風情で、呆れたままにため息を吐いた。
 
「…結構です」
 
その言葉に満足した新は、じゃあね、と短く別れの言葉を告げて、喫茶店をあとにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいまあ!」
 
大きな声と共に、勢い良く玄関扉が開かれた。
いつも買い物などから帰ってきた時と同じように、弾んだ元気な声が耳に入ってくる。
 
私は気もそぞろで仕事が手に付かなくて、書斎を出たり入ったりしては落ち着かなく動いていたのだけれど、それをなんとか表に出さないようにと気を引き締めた。
 
茶の間へと入ってくる新に、振り向いてお帰り~、と、普通のトーンで返事をする。
 
「随分早かったのね?まだ四時前よ」
 
かかっている柱時計に目線をやって、私は入れたインスタントコーヒーを台所で立ったまま口に含む。
目の前にいる新は、なにが気に入らないのか、仏頂面をして口を尖らせていた。
 
「なにそれ!まるで早く帰ってほしくなかったみたい」
「そ、そんなことないわよ」
 
新の言葉に内心どぎまぎしつつ、私は答える。
本当は…まだかまだかと時間を気にしていたなんて言えない。
 
「それにまーたインスタントコーヒー飲んでる。僕が居ないといっつも面倒がるんだから。原稿詰まってるの?」
「んー、ちょっと気分転換」
「……居ない間に冴島呼んだりしてないよね?」
「はあ!?何言ってるのよ、新が居なくなってたいして時間経ってないじゃない」
「でも二時間くらいはあったよ」
「にしたってなんで新が居ない間にこそこそと一哉と会わなきゃなんないのよ」
 
馬鹿馬鹿しい、と言葉尻に付けて私はぐい、とコーヒーを流し込む。
やっぱり可もなく不可もなしな味。
なんの感慨もなくそれを飲み干せば、私は流しへとマグカップを置く。
 
くる、と振り返ると、そこにはゼロ距離で新が立っていた。
しかも物凄い形相でこちらを睨んでいるではないか。
はっきり言って怖い。
 
……あの、冷たい声を浴びせられるのは嫌だ。
 
途端に浮かび上がったその考えに私は俯く。
しかし新は、なにを考えているのか私の顎を掴んでくい、と上向かせる。
 
「僕、言ったよね?次に冴島をそんな風に呼んだらいつでもどこでもその唇を塞ぐって」
「え」
 
新の言葉に、私は間抜けにも短い声をあげれば、冷えた指先がみるみる温まるのを感じた。
 
「な、なんだ」
 
そうして思わず呟いてしまった言葉は、しかし新の逆鱗に触れてしまったようで、目の前の彼が酷薄に笑うその様は、先程とは違う恐怖へと私を誘っていく。
 
「『なんだ』?今のはどういう意味?」
「え、いや、その…」
「深咲さんにとって、取るに足らない事なの?いつでもどこでもキスしたってあなたはなんとも思わないの?」
「そういう意味じゃなくて!」
「それとも、それでも冴島の名前を呼びたいわけ?好きでもない相手にキスされようとも、心から好いた相手は特別な響きでその名前を呼びたいとでも?」
「そんな乙女みたいなこだわり抱いてやしないわよ!約束は、ちょっとうっかり失念していたというか」
「深咲さんにとって、僕との行為は意味がないものなの?」
「それは…急になんでそんな事訊くのよ!」
「好きだからに決まってるじゃないか。深咲さんの事を、一人占めしたいと思うのがそんなに変?」
 
意味なんて、意味なんて…あるに決まってんじゃないの!
 
前までは、きっぱり別に、とか答えられたけど。今は下手に口を開くとなにか言ってしまいそうで怖い。
 
「…答えてくれないの?」
「あ、新」
「僕の事、好き?」
 
真っ直ぐな瞳にみつめられて、なにをどう言えばいいのかわからない。
けれど、こんな風に迫るのは彼らしくない。
色々と契約違反だ。
 
「そういう事には、今は答えられない、わ」
「……そうか、そうだったね」
 
新の顎を掴んでいた右手は、今は私の頬を撫でている。
その仕草がとても優しいと感じるのに、みつめる瞳はどこか冷たくて、私はそれが果てしなく怖い。
 
「ねえ、これだけ教えて」
「……なあに?」
「僕が、深咲さんを抱きしめたりキスをしたりするとき、あなたは少しでもドキドキしたりする?」
 
その問いは、答えて良いのかどうなのかわからない、なんともぎりぎりなものだった。
しかしここでしない、と一刀両断してしまったら、目の前から新が消えてしまうのではないかと思って怖くなった。
 
今日の新は、どこか余裕がない。
あのスーツの人となにかあったのだろうか。
 
ここで間違えてしまったら、二度と彼とは会えないかもしれない。
そう思ったらたまらなくなって、私は新が私にしてくれるように、私もそ、と新の頬へ手を添える。
 
それに一瞬驚いたように身体を揺らした新だったけれど、私の頬にあった手を、新に添えている私の手へと重ねれば、次には気持ち良さそうに頬をすり寄せながらきゅ、と握り締める。
 
そうして私は、何度目かになるせりふをもう一度口にした。
 
 
「…新、ここはあなたの家なのよ。いつでもここに帰ってきて良いのよ?」
「………深咲さん」
 
その言葉に、新の瞳が揺れる。
傷付いているのか、喜んでいるのか、どちらでもないのか。
彼の心が今なにを象っているのかはわからなかった。
 
「するわよ、それなりに」
「え?」
「だから、心拍数が上がったりは、するわよ」
 
ぶっきらぼうにぼそぼそ、と呟いてやる。
ああ、我ながら可愛くないなんとも情緒のない言い様。
しかし、新にはそうではなかったようで。
 
「…可愛い」
 
ぼそり、と呟かれた言葉とほぼ同時に私の口は塞がれた。
 
深い口付けを施されるのは、今の私には辛い。
胸が軋んで、痛くて仕方がない。涙まで零してしまいそうになる。
これ以上、暴くのはやめてほしい。
どうやって距離をはかったらいいのかがわからなくなる。
 
壁を取っ払ったって、全てを晒したって、それを受け止めてくれる価値を、あなたは私に見出せるの?
わからないから、怖い。
 
せめてもう少しだけ若かったら。
20を過ぎたばかりだったなら。
 
私はもっと奔放になれたのかもしれない。
 
触れた唇の熱さに眩暈を覚えそうになりながらも、私はなんとか新からのそれに耐えた。
うっかり好きだとすがりそうになる自分を、叱咤する。
 
ちゅう、という唇を吸い上げる音と同時に彼が離れた。
私はそれに心の中で安堵しつつも同時に寂しさを抱く。
たかがキスに、とても疲れた。
 
「…駄目、そんな顔したら」
「え?」
 
鏡を見ない限り、私はどんな顔をしているかなんてわからない。
だから私は新の言葉に首を傾げた。
 
「潤んだ熱っぽい瞳で見つめられたら、僕期待しちゃうよ。今すぐ押し倒しても良いの?」
「やん!」
 
そう囁いたあと、新が私の耳を食んだ。
その刺激に驚いて私の口からなんとも甘やかな響きを含む音が漏れてしまう。
 
「ねえ、深咲さん…どっちの部屋が良い?」
「な、なに、言ってるのよ…」
 
私はもううまく立っていられなくて、彼に腰を支えてもらいながら彼の身体にしなだれかかっているような状態だ。
新じゃないけど、これで全くその気がないと言ってもまるで説得力がない。
 
わかっているくせに、という色気をたっぷりと染み込ませた新の声が耳元で響いてくる。
そのまま耳裏を舌でなぞられて、私の身体はびくびくと震えた。
 
「冗談とかじゃなく、今すぐあなたが抱きたい」
「…っ駄目だって言ったじゃない」
「深咲さんは僕が嫌?僕はぐちゃぐちゃになるくらい好きなんだけど」
「あ、新……」
 
キスをなんとか回避したと思ってたのに、表情まではさすがにどうにも出来なかった。
 
どんな顔をしていたかわからないけれど、
誘うようないやらしい顔をしていたんだろうか。私が?
女性の魅力なんて欠落しているかのような私が?
なんで目の前にいる男は、私が混乱する事ばかり言うんだろう。
どうしてこんなに私を悩ませるんだろう。
甘い言葉で口説かれたって、楽しんでいるようにしか思えない。
それなのに、私の心はそれをどこかで喜んでいる。
なんて浅ましい女の欲だろう。
 
なにも言えずに固まる私に、なおも愛撫を施そうと新の舌が耳の穴へと侵入を試みる。
 
『ピリリリリリリリリリ』
 
くちゅ、という音が頭の芯を駄目にするかと思われた瞬間、静寂が機械的な電子音で破られた。
 
驚きに新と私は大袈裟なくらいに身体を揺らした。
びくん!とふたりから擬態語が飛び出してきそうなくらいには。
もはや私にとって救世主のような存在になった携帯電話を取ろうと、いまだ抱きついていた新を引き剥がし懐を探った。
そのまま歩きつつ台所から茶の間へと移動する。
 
「はい、成島です」
『お疲れ様です、冴島です』
 
冴島、という言葉に一瞬反応しそうになるが、目の前に居る新が気になって私は笑顔を作る。
 
「どうも、お疲れ様です」
『次の仕事の件で、詳しい打ち合わせをしたいんです。それで一度お会いできないかと思いまして』
「ええ、それはかまいませんが」
『それではご都合にあわせて私がそちらに伺わせていただきます。いつならよろしいでしょうか?』
「今は迫っている仕事もないので、いつでも良いですよ?」
『え、じゃあ、明日なんかでも…?』
「ああ、全然。冴島さんの方はよろしいんですか?」
『ええ、私はいつでもかまいません。それでは、明日の午後二時頃あたりはいかかでしょう?』
「わかりました、それじゃあお待ちしてます」
『良かった。初仕事、よろしくお願いします!』
「ええ、こちらこそ!良いものにしましょうね!」
 
電話口の口調につられて、私も握りこぶしを作りつつ応えれば、相手方からくすくすと笑い声が漏れた。
ああ、なんか久しぶりに和むなあ。
昔の恋人、なんて意識しなければ気心がしれた仲間なわけで、彼とならいいものが出来そうな気がする。
 
『いい気合だね、深咲』
「あー、口調が反則」
 
そう言いつつ、私の咎めた声もどこか軽くて悪戯を指摘したようになってる。
それにまた一哉がくすくすと笑った。
あ、いけない、私もだ。心の中だけど気をつけなきゃ。冴島、冴島さん。
 
『失礼しました、成島先生。それでは明日』
「はい、お待ちしてます」
 
電話を切って、少し名残でふっと笑いながら顔をあげれば、そこには仁王立ちする新がいた。
ああ、ものすごい禍々しい空気を背負っていらっしゃる。
 
「楽しそうだったねー、電話、冴島さん?」
 
にっこりと微笑む新に、私の頬はひきつった。
 
「え、ええ。明日の午後二時にこちらへ来るからよろしくね」
「明日の二時……」
 
私の言葉を新が反芻する。
それきり黙って顰めっ面になる新を不思議に思いつつも、また迫られるような危機は去ったらしいのでほっとする。
 
「あの、なんか用事があるならかまわないわよ?冴島さんが来るだけなんだし応対とかは…」
「ここであなたにプロポーズして挙句キスまでした男とあなたをふたりきりにするだって?冗談でも笑えないよ、深咲さん」
 
満面の笑みを顔中に湛えられて、私は背中に冷や汗を垂らす。
 
「え、えーと。今日の夕飯はなにかしら…?」
「……さんま。安かったから」
「!新、愛してる!!」
「深咲さんの愛って」
 
完全になにかの気を削がれたのか、新は項垂れつつため息を漏らす。
確かに、ものすごくお手軽に聞こえたことだろう。
だからこそ、彼は知らない。
 
今の言葉に、私がどれほどの感情を込めたのかということを。
 
新、好きよ、愛しているわ。
本当に。
 
自分の気持ちを持て余して、どうしたらいいのかわからないくらいには、
あなたが、好きよ。


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