天球儀 其の零
ep.9 十一月「蛇遣座の迷走」
警察署から高坂が出てくるのを館林と玲奈は待っていた。
「男らしくない」
「すみません」
館林はしょぼんと肩を落としている。高坂が自分が名乗り出ると言って聞かずに押し切られた形になった。玲奈はその付き添いの形になった。
「あの…亘会長ですよね…?高坂さんは?」
「あ…!」
玲奈の知らない少年に声をかけられ、館林が思わず声を上げる。
「一応、未遂ですが被害届を出そうとしたら、容疑者の方が自首されたと伺って…でも…俺を刺そうとしたのって…その…」
少年は館林を指さそうとしたところを玲奈が遮った。
「今、中で取り調べられ中よ」
「え?」
「高坂累って知らないかしら?十二宮魚座で七月に退学になった」
「知ってますけど、俺の知ってる人で、あの人じゃなくて……」
少年は目をクルクルさせて考えこむ。
「見間違いよ。それより被害届って?刺されたって?」
「あ、だから未遂です。刺されそうになった時に犯人の携帯が鳴って、慌てて帰って行きましたから。でも……」
玲奈は不思議そうに首を傾げる少年の肩を押した。
「あなた、その制服と学年賞はウチの1年生よね?名前は?」
「金城辰哉です」
全く知らない名前だ。
「狙われる心当たりは?」
「女絡みで恨まれてることは多々ありそうだけど、刺されるほどのことは最近はないな。あ、付き合ってる子のお兄さんもこの前通り魔に遭ったって。十二宮のえっと…取石先輩。取石葵先輩です」
玲奈はハッと顔を上げた。
「あんた、私に恨みでもあるの?」
辰哉が不思議そうな顔をしながら帰り、玲奈は館林を睨んだ。
「お、俺は高坂先輩に言われるまま行動してただけで…。高坂先輩には恩がありますから」
「それで一応今は学校関係者じゃない高坂くんを学校の、しかも十二宮室に入れたの?」
「……家が助けられたんです。俺の父さんと高坂先輩のお母さんが兄弟で、一応長男ですし兄ということで父が病院を継ぎましたが高坂先輩のご両親がいなければ病院は倒産していました」
「市川くんも?」
「件自体は違いますが似たようなものです。でも市川先輩はもっと大恩っていうか…」
「まぁ、いいわ。あなたの個人的な家庭の事情に踏み込む気はないから」
玲奈は大きくため息をついた。
「まぁいいわ。家庭の事情に踏み込もうとは思わない」
玲奈は指を立て、館林の方に向き直る。
「それで、取石くんとさっきの…」
「金城くんです」
館林は玲奈の言葉を接ぐ。
「そう、金城くん、取石くんの妹の彼氏。この二人が消えたとして得をするのは誰かしら?」
「一番困るのは兄と恋人をなくす取石くんの妹ですよね?」
「そうなると二種類あるわ。彼女を恨んでいる人、もしくは一人になった彼女に付け入ろうという人」
「恨むとなると妹さんの人となりを知らないとなんとも…。付け入る…となると片恋慕ですかね」
「そうなると…」
「永戸先輩…」
「え?」
「よく言ってたんです。妹さん…椿ちゃんっていうんですけど、彼女を妹にしたいって」
「そんな理由?それを高坂くんが庇ってるの?」
「高坂くんって病院の息子よね?」
「あ、病院っていうの厳密には違います。一応大本は病院なんですが、高坂先輩のご両親はウチの病院付属の医療NPOの会長です」
「医療NPO?」
「難民キャンプや被災地に行って医薬品を届けたり怪我人や病人の治療をするボランティア団体です」
「ふーん、で、永戸くんのご両親は?」
「確かマスコミ関係の…どこの新聞社だったかな?お母さんは最近は永戸くんの妹のマネージャーをしているはずです」
「程遠いわね…」
「ですね…」
会話が途切れた時に玲奈の携帯電話が鳴った。
「常磐…芽芽くん?」
芽芽にもらって放置していた通信アプリだった。
『困りごとはないか』
まるでこちらの会話を聞いていたようなメッセージが表示される。
『亘玲奈、ゆっくり話がしたい。永戸の親を使ってでもこちらはマスコミへのコネがほしいんだ。そのために高坂を差し出した』
「なんでこいつにはこっちの会話筒抜けなのよ!ストーカー!?何なの!?このアプリのせい?」
「あんた…何者なの…?」
『通りすがりの正義の味方だ』
「は?」
『元ネタはggrks』
それを最後にパーカーを目深に着た少年のアイコンはログアウト状態になった。
「永戸…譲…?」
繋げようと思ってもどうやっても繋がらない。なんの関係もなさそうなことだらけだ。
「うーん、芽芽くんの言ってることは関係ないよー」
後ろから思わぬ声がして、肩を震わせた。
「僕はーただ単にー」
そこにいたのは
「葵がー大好きでー大好きでー」
狂気に満ちた目をしていたが
「椿ちゃんにもー沙羅ちゃんにもー」
間違いなく
「葵をー取られたくーなかったんだー」
永戸譲だった。