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天球儀 其の零

ep.8 十月「蠍座の真実」




 図書館の学習スペースで葵と譲は向い合って山のような追課題を片付けていた。
「あーうーあー」
「葵ーうるさいよー」
「だってさ!、先月ずっと警察と病院行ったり来たりだったんだぜ!」
「付き添った俺の身にもなってよー。葵がすぐに病院行かなかったから怪我長引くしさー。自業自得ー」
「で、結局、俺刺したのって高坂累で確定?」
「それがさー、高坂くんが行方知れずだって言うんだよねー。イチくんも館林くんも知らないってー。小紫さんのこともあるから警察沙汰にはしたくないし」
「行方知れず?…てか館林はともかくイチと連絡とったのかよ!?」
「連絡っていうかー、これこの前芽芽くんから送られてきたでしょー。携帯アプリ」
 言って、譲は葵に携帯の画面を差し出した。
「ああ、そのソフト?ウイルスかと思って開けてねぇ」
「それで葵は名前が表示されなかったんだねー。便利だよー。無料で通信ができるー。電波の悪いところでも短文のやり取りは出来るみたいー。グループ内でチャットみたいなのもできるんだってー。芽芽くんが作ったんだってー」
「何者だよ、あいつ」
「そのうち商品化するつもりらしいけど今はテストってことでー、十二宮全員に送ってくれたんだー。あ、館林くんやイチくんもね。高坂クンは葵と同じでインストールしてないみたい。リストに名前が表示されないー」
 譲が話す間に葵は芽芽からのメールを開き、ファイルをインストールした。
「あー、葵の名前表示されたよー」
「これ設定とかいらねーのかよ!?」
「うん、便利でしょー」
「へー、いいな。これ」
「知り合いにはどんどん広めてくれって言うから滋にも教えてるよー」
「あ、椿もやってんじゃねーか」
 
 
  
暁子「イチくん。最近大検の勉強サボって何か他のことしてますよね」
市川「ストーカーかよ」
暁子「ストーカーでいいです。メメくんとしょっ中連絡してますよね」
市川「どこまで知ってんだ?」
暁子「メメくんって何者なんですか?なんで通信で学校にも来ないのに十二宮に入れたんですか?」
市川「論文評価だ。今は俺は勉強があるからあまり外出はできないから、別に動いてもらってる」
暁子「別に?」
市川「高坂さんにだ」
 
 
 
「高坂くんの居場所の手がかりですか?」
 十二宮室でミナトは目を丸くした。
「なんかメメくんが知ってるっぽいんスよ。メメくんの居場所、久都さん知らないスか?」
「それは…」
「高坂くんの居場所が分かるかもなんスよ」
 突然凛子のスマホが鳴り響く。
 画面に表示されたのはパーカーを目深にかぶった常磐芽芽の姿だった。
『無駄な詮索はするな。それからここに高坂累は来てない。ザマァ』
「じゃあ、どこにいるのよ!?」
『俺が知るかwwwwwただ可能性としては一つ。東北の東側。おそらく沿岸だ』
「そんなところに何があるんだよ?」
『今はまだ推測段階なので言えない』
「東北って先月から?」
『1ヶ月半くらい前からだ』
「じゃあ、葵くんを刺したのって…」
「高坂くんじゃない…」
 

   
「高坂くんじゃない?」
「芽芽情報だけどな」
 葵は携帯を取り出した。
「高坂が1ヶ月半前から芽芽に言われて東北に行ってるらしいんだ。大検のあるイチの代わりに」
「高坂は大検受けないらしいから」
「なんで東北?」
「さぁ」

 
 
   玲奈は十二宮室で一人考えていた。
「何かが…違ってきてる」
 沙羅が言っていた。考えるのを放棄するなと。
 全部ミナトに任せて、ミナトに言わせて、これは思考の放棄ではないのか。
 どこからどこまでが放棄なのか。
 まずは考えろ。
 取石葵を刺したのは誰か。
 高坂累か、他の誰かか、第三者か。
 葵は夜道だったが中肉中背だったと言った。
 背格好は高坂はかなり大柄だ。
 シルエットでも間違えないだろう。
 問題は
 葵を何故刺したのか。
 斉太郎に手を貸したかったのか。
 それとも
 葵の暴走を止めたかったのか。
 玲奈はスマホを取り出した。
 先日芽芽からもらったアプリだ。
 ある人を選んで連絡した。
『君が取石葵を刺したのではないのか』と
 
 
 
「なんだよ、あんた…!?」
 金城辰哉は振り返る。
 笑って
 なんの警戒心もなく
 しかし、その手元を見て表情が凍りついた。
「あんた…」
 その瞬間、両手にナイフを持った少年のポケットから電子音が鳴り響いた。
 少年の動きが止まる。
「あなた……」
 
 
 玲奈が携帯を手に返事を待っていると、十二宮室の扉が開かれた。
「あなた……」
「亘、取引をしたい」
 館林が頭を下げる後ろから、挨拶もなしにその青年は言葉を発した。
「何よ、いきなり。お久しぶりです、の一言もなし?」
「それどころじゃないんだ。もう時間がないんだ」
 深刻な面持ちで彼は言う。
「取石と剣の話は聞いている。あいつらを刺した罪を全部俺がかぶってもいい。頼みがあるんだ」
 低い声で淡々と続けた。
「あいつの罪を糾弾しないでやってくれ」
 高坂累はそう言った。
 

   誰もが
 誰もが幸せになる方法なんてないのだろううか
 ひょっとしてどこにもないのだろうか。
 どうか
 どうか
 誰もが幸せになる道を
 

   玲奈はミナトに電話をかける。
『どうされましたか?亘さん』
「ミナトくん…いや辻くん…」
 玲奈は立ち上がりポツリと言った。
「十二宮の指揮権を私に返してください」
 真っ直ぐと前を見つめ
「できるか分からないけど」
 背筋を伸ばす
「権力で押さえるんじゃなくて、私は皆を見ていたい。力で抑えるんじゃなくて、皆で幸せになる方法を探したい」

   
 それが無駄だということを
 

   私はまだ知らなかった。


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