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私の憂鬱。

第九話




最寄り駅に着いた時、いまだ心の準備が出来ない私は駅のホームを出るのに強い抵抗を示した。
けれども森崎のここに新を呼ぶぞ、という発言に観念すれば渋々、彼女と連れたって家への道を歩いたのだった。
 
森崎が家に来るのは、初めての事ではない。
だから特に中をみられるのが嫌だとか、そんな風には思ったりしないけれど。
でも、でも、でも!
ともすれば同棲だと言われてしまっても仕方がないような今の状況に、そんな空間に森崎を招くのはどうしたって抵抗を感じるのだ。
 
しかしなんともいえない複雑な感情を抱いたままに、結局我が家に着いてしまった。
いつまでも扉を開けようとしない私にしびれをきらしたのか森崎があろうことかガラリ、と扉を勝手に開く。
ちょっと!ひとんちの玄関になにを侵入してんのよ!!
 
「あ、お帰りなさーい。深咲さん、呑みすぎてない?」
 
茶の間からぱたぱたと玄関へ駆けてきた新はエプロンで濡れた手を拭っている。
まるでどっかの若奥様のようではないか。
 
私は思わず額に手をあててしまう。
ちらりと森崎を横目でみれば、驚愕にぽかん、と口を開ききっている。
…なにか入りそうね、あれ。
 
しかしそれも束の間。
次には興奮した彼女に私は痛いくらいに肩をばしばしと叩かれる。
 
「ちょっと!反則的にいい男じゃないのー!すっごい可愛いわねえ!女装とかしてもわかんなそう!!」
「あんたね…興奮し過ぎ。近所迷惑でしょ、とっととあがんなさいよ」
 
叩かれた肩のあまりの痛さにさすさすと手でさすりながら私は森崎をうながす。
あまりにもはしゃぎすぎたと気が付いたのだろう。
森崎はひとつ咳払いをすれば、お邪魔します、といって靴を脱いだ。
 
新がにっこりと微笑んでスリッパをす、と差し出す。
ちなみに私と新はいつもスリッパを使わない。
なんというか、裸足でぺたぺた歩くのが好きなのよねー。
新も私に合わせているのかと訊けば、そういうわけではないらしい。
 
森崎が新にお礼を言って足を入れる。
スリッパごしのぱたんぱたんという足音がなにやら新鮮だった。
…そういや、家にきて出したことあったかしら、スリッパ。
ていうか、この家にあったのね?
 
見えないところも随分と整理整頓されているという事に昨日くらいに気が付いた。
短い間に新はかなり本格的なお家改革を施してくれたらしく。やっぱり給料を払うと言えば、だったら身体で払ってほしいとのたまったので、拳骨をお見舞いしたのはいうまでもない。
真面目に聞きなさいってーのよ。
 
「まだ呑むっておっしゃってたんで、軽く用意しました。余計だったかな?」
 
そう言って新がちゃぶだいに並べたのは酒のつまみに最適な数々。
それでもある程度お腹がふくれている事を考慮してくれているのだろう。
並んだものはそんなに重くないものだった。
 
いかの塩辛とか、さっきも食べたけどたこわさとか、そういうのは買ってきたやつだろうけど
豆腐の味噌和えや葉っぱがたくさんのサラダはわざわざ用意してくれたようで、短い時間でここまでしてくれる手際の良さに驚いた。
最後にレンジが鳴ったのでなにかと思っていたら新がもうひとつ追加の品を、ことん、と置いてくれる。昨日、残った煮物だ。
 
「あと、お味噌汁があるよ。お酒呑んだあとってほしくなったりするからいいかなーって」
「え、そんなものまで!?ありがとう、新…」
 
少し恐縮していると新がにっこりと微笑んだ。
ちゃぶだいにはビール缶がすでにのっていたが、新が冷蔵庫にまだ冷えてるよ、と言って立ち上がる。
 
「じゃあ、僕は部屋に行ってるから、ごゆっくり」
 
その言葉にもういちどお礼を言おうとしたそのときだ。
新の足を森崎が、がし!とつかんだ。
…おい。
 
新も少し驚いたようだ。目を丸くしている。
 
「新クン、明日早いの?」
「え、いいえ…仕事はありますけど、深夜からなので」
「あらそう。成島、明日は家事労働お休みさせてあげていいわよね?」
「は?それは別にかまわないけど」
 
私の言葉に、森崎はにっこりと微笑んだ。
なーんか、嫌な予感。
 
「嫌じゃなかったらつきあわない?どうせ私達うるさいから、眠れやしないわよ。それともこんなおばさんふたりに呑まされるのは嫌かしら?」
 
悪戯っぽく笑って森崎が新を見上げる。
その顔に一瞬新が沈黙すれば、にっこりと微笑んだ。
すると、つけていたエプロンを外し茶の間を出て行く。
やっぱり眠ってしまったのかと思ったらすぐに新が戻ってきて、冷蔵庫からビールを一本取り出せば、私の隣に腰掛けた。
 
「こんな綺麗なおねえさんふたりと呑めるなんて光栄です」
 
そう言ってビールを掲げる。
その言葉に森崎がわかってるじゃない、と軽口を叩いて再び乾杯のあいさつを今度は三人でかわした。
 
「にしても、いまさら訊くのもあれだけど、あんたたち一緒に住んでるのよね?」
 
塩辛を口に運んでむぐむぐと咀嚼しつつ、森崎が訊ねる。
新がちら、と私の顔をみてきたので私は小さくため息を吐いた。
ほんと、いまさらよ。隠したってしょうがない。
 
「そうよ。新はここに住んでる同居人」
「なーんだ、じゃあやっぱりそういう関係なんだ?」
「やっぱりってなによ…ご期待に添えなくて申し訳ないけどそういうんじゃないわ」
 
私がビールをぐい、とあおれば、隣で新が待ったをかける。
 
「深咲さん、そんなに一気に水みたいに呑まないの!いくら家っていったって、意識失うまで呑ませる気なんてないからね」
「あんた本当、酒が絡むとオカンみたいになるわね…」
 
へーへー、と生返事しながらも、私は流し込むような飲み方をやめ、ちびちび、とお酒を呑む。
それに新が満足したのか、いいこいいこ、とでもいいたげに頭を数回撫でた。
ちょ、森崎の前でそれはやめてくれ!
あああ、なんかにやにや笑いでこっちみてる!
 
私達の様子になにを思ったのか、森崎がぐい、と前のめりになる。
 
「ねえ、新クンはさ、なにかお仕事してるの?正社員?」
「いいえ、アルバイトをしてます。ここにはタダで置いてもらっていて、そのかわりじゃないですけど、家事したり、深咲さんの周りの雑務をしたりとかして生活してます」
「ほーほー…そうなんだあ。しかしキッカケはなんだったの?」
 
森崎の言葉に私は思わずつまみを喉に詰まらせた。
どんどん、と胸を叩きながらビールを探す。
新が大丈夫!?と言いながら私の手に缶を持たせてくれた。
ああ、なんか今日の私、散々ねぇ。
 
「なーんか、あるんだ。訊いたらまずい話?」
 
森崎の言葉に、私は首をひねる。
なんというかここまで知られてしまってるわけで、相手はこいつだし、隠す事もないんだけど…うーん。
私はふむ、と思い至れば一応、森崎に釘を刺した。
 
「外で面白おかしく話したりしないでよ?」
「あんたね、私をどんだけ非常識だと思ってるのよ」
「だっておおむね軽いじゃないの、森崎って」
「あんたらが同棲してるっていうのも黙ってるつもりだったのに言っちゃおうかなー?」
 
楽しそうに目を細めてにやにや。
あああ、なんなのかしらこの女は、腹立つわね。
しかし森崎のその様子に、新が困ったような顔で笑った。
 
「僕が原因で深咲さんの立場が悪くなるのは嫌です。でも、ここを出て行くのはもっと嫌です。…内緒にしてもらえませんか?」
 
上目遣いでちらり、と森崎をみつめる。
ああ、でたな。これで誘惑されない女なんているはずがない。
その証拠に、森崎はガラにもなく頬をぽぽぽっと染め上げている。
しかし新の色仕掛けって最強じゃないの?
 
「いやー、すごいわね新クン。お姉さんは変な気分になっちゃいそうよ」
「あらあら良かったじゃないの新。森崎ならほしいオプションもきっとついてくるわよお?」
 
今度は私がにやにやしながら新をみつめれば、なにが気に入らないというのか、新が口を尖らせた。
 
「深咲さんは僕が他の女の人とどうなっても良いっていうの?」
「そりゃあ、まあ。自由じゃないの?森崎は私よりも美人だし、新がそっちのが良いっていえば止めないわよ」
「深咲さん…」
「ただねえ、ここ数日の事考えたら、すっかり身の回りの事を自分でやる気が起きなくなっちゃったわよ。新がいなくなったら誰か雇う事考えようかしら」
 
うーん、と声をあげつつ私があれこれと逡巡する。
 
「…深咲さんは、僕が居なくなっても平気なんだ」
「え?」
 
沈んだような声に驚いて私が新のほうに顔をむければ泣きそうな顔をした彼が視界にうつりこんだ。
えええ、ちょ、ちょっと待って。なによその表情は!
なんか…野良猫を完全に手懐けてしまった気分だわ。
 
「あ、新?あの別に、全然大丈夫ってわけじゃないわよ?私だって、その、新がいなくなったら寂しいわ。でもね、あなたの自由を縛る気はないからそういう意味で言ったというか」
「どうして?縛ってくれればいいんだ。飼い猫だって首輪をつけるじゃないか。言ってよ!最後は自分のところへ必ず戻って来いって言って!」
「新…」
 
どうしたものかと狼狽していれば、目の前の森崎が、にやにやとした顔をひっこめれば真面目な顔をしていた。
 
「新クン、成島はね、人一倍こわがりなのよ」
「……怖がり?」
「そ。新クンと一緒にいる時間はとても居心地が良いんでしょうね。だから今のうちに保険をかけていなくなった後の事を口にするのよ。そうして想定していれば、ダメージを軽減できるでしょう?本当はね、ずっとここにいてくれって言いたいのにいえないのよ。素直じゃないからねえー、成島は」
「ちょ、ちょっと森崎!!」
 
言いたい事をいってくれちゃった森崎に怒鳴るが、新は先程の顔をすっかりひっこめて、満面の笑顔である。
なにこの顔、超怖い。
 
「深咲さん、本当!?僕、ずーっとここに居るからね!!絶対にぜったいに僕をお婿さんにしてもらうから!!」
「ちょ、抱きつかないでよ、おも、重いっ!」
 
森崎がいるのにひっつくなあ!
叫んでも、新はごろごろとすり寄ってくるばかりで全然離れない。
というか、力強すぎる。ああもう。
 
「ちょっと成島ぁ…話が違うじゃないの。あんた、むこうはそういう気がないし、そんな雰囲気一切ないって言ってなかったけ?猛アタックされてんじゃない」
「そ、それは、だから」
「は?深咲さんそんなこと言ったの?他には僕のことなんて?」
 
新が食いついて森崎に問いかける。
なんだってこんな話の流れになるのだろうか。
 
「姉弟みたいなもんだって言ってたわねえ。あなたのことは弟みたいな存在、だそうよ?」
「なにそれ!深咲さん、弟とはセックスなんてできないよ?」
「ちょ、あああ新!」
 
なんつー事を言うのよこの子はあああ!!
 
「あら、なによもうヤっちゃってんの?成島がずっと否定するから身体の関係はまだないと思ってたわ」
 
目を丸くする森崎に新がなんとも普通のトーンで淡々と話す。
 
「きっかけがそれなんですよ。あの日、深咲さん泥酔していて。僕は拾われたんです。で、深咲さんにとっては一晩限りの関係だったみたいだけど僕にとってはそうじゃないからここに転がり込んで。それ以来、残念ながらそういう行為には至ってませんけど」
「はー、そうだったんだあ」
 
なるほどねえ、と森崎がうなずけば私に嫌な笑いをむける。
 
「私も記憶がとぶほど呑めば、年下の可愛い子が寄ってくるかしらねえ?」
「……知らないわよ、んなこと」
「まあまあ、きっかけはなんだっていいじゃないの。こんな優良物件をみすみす逃すなんて超がつくほどの馬鹿だわ。成島、やっぱり手篭めにしてしまえ!!」
「あんたまでなんてことを言いだすのよ!」
「いいですねえ、深咲さんになら手篭めにされたいですー」
「新!」
 
なんというか、最凶コンビを引き合わせてしまった…。
女っつーのはある種、男よりシビアなぶん下品なんだわよ……。
 
「よし、新クン。今日は呑もう!そして色んな話を訊かせてちょうだい」
「はい!僕も深咲さんの話とか森崎さんと仲良くなったきっかけとか、色々と訊きたいです!」
「よおっし、お姉さんについていらっしゃい!」
 
勝手に盛り上がるふたりをよそに、私は泣きたくなった。
…ひとを酒の肴にするんじゃないわよ。
 
 
 
 
 
 
―――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
次の日、茶の間でざこ寝をしてしまった私達は、気が付けば新によって寝室へと移動されてたらしい。
新もしばらくはいっしょになって寝ていたはずなのに、私はきちんとベッドに、森崎は敷かれた布団に、それぞれおさめられていた。
 
相変わらずなんて気の利く男か。
そこらへんの女じゃちょっとかなわないわね、ここまでくると。
森崎も同じ事を思ったのだろう。起きて驚きやがて苦笑していた。
 
そのとき、こんこん、と扉をノックする音がする。
どうぞ、と返事をすれば新が顔をのぞかせた。
 
「おはようございます。昨日、そのままの服で寝ちゃったでしょう?ご飯の前にお風呂に入ったらと思って。森崎さんも、二日酔いとか大丈夫?」
 
一晩のうちにすっかり森崎への敬語がなくなった新に、森崎は笑って大丈夫だと答えた。
 
「森崎はあのくらいで二日酔いになるようなタマじゃないわよ。こいつ相当強いんだから。それこそ酔ったとこすら見たことないわ」
「成島は呑む割にそこまで強くないわよね。でも自制できないわけでもないから珍しい話だなとは思ったけど。佐倉君とでも呑んでたんでしょ?」
「…まあ」
 
実は彼が男であってなおかつお互いにそういう気が一切起きないので、安心しきって醜態をさらしたことが何回かある。
さすがに記憶を飛ばした事はないんだけど、相手が男なわけだから、それこそ寝ちゃっても運んでもらえるし。ま、むこうからしたら迷惑な話だ。
 
「…ふうん、佐倉さん相手だとあんなになっちゃうんだ」
「新?」
 
顔をのぞきこめば、もう新はにっこりと笑っていた。
 
「これ、バスタオル。今日は朝からちょっと冷えるから、もったいないかなと思ったけどお風呂沸かしちゃった。ふたりとも、お湯が冷めないうちにどうぞ」
「…う、うん。ありがとう」
 
お礼を言えば新はそのまま部屋を出て行ってしまった。
なんなのかしら?
 
「あーあ、拗ねちゃったわね、可愛い」
「はい?」
「嫉妬よ、嫉妬。ちゃーんとフォローしときなさいよ」
「なんでよ、彼氏でもないのに」
「同居人と円滑に過ごしたいでしょ?じゃ、お風呂先にもらうわ。着替えとか貸して」
「……はいはい」
 
ちゃっかりしている森崎に着替え一式を渡すと、機嫌良く彼女は風呂場へとむかっていった。…まったく。
 
大体、新がなんで妬くのよ。佐倉にってことでしょう?
あいつとはなんにもないって知ってるはずだし…ってそうじゃなく。
だからないって。ないない。
 
私は自分を納得させながら着替えを持って茶の間へと向かう。
台所にはもう日常になりつつある新が料理した姿が確認できた。
 
嫉妬、ねえ。
 
「…新、なんか機嫌悪かったりとかする?」
「どうして?」
「んー?さっきなんか変かなって。別になんでもないならいいけど」
「なあに、深咲さんは僕の機嫌を直してくれる気があるってこと?」
「まあ、悪いっていうんならそれもやぶさかではないわよ」
 
で、結局どっちなんだ。
そう思って座布団に座りちゃぶだいに頬杖をついて新をながめていれば、新が無言でこちらをみつめれば、ちょいちょいと私を手招きする。
 
若干の嫌な予感がしつつも、私は恐る恐る彼の傍らへと立った。
新がくい、と私の顎をつかんで持ち上げれば、微笑む。
 
「キスして?」
「………は?」
「だから、僕はキスしたら機嫌を直す」
「私の目がおかしいかしら。今、新は笑ってみえるけど」
「笑ってたらご機嫌だとでも言うの?深咲さんは、人間がそんなに単純だと思っているんだ?」
 
そう言われてしまうと。そんなことはないけれど…でもなんというか楽しそうに笑っているなあ、と、思いますよ?
 
「まあ、別にいいけど。はい、どうぞ」
 
私は、新につかまれた顎をより彼に近づけて、それをしやすいようにした。しかし新が行動を起こす事はない。
眉根を寄せていれば新がわざとらしくため息を吐いた。なに?
 
「そうじゃないでしょう。深咲さんから、して」
「はああ?なんで私からわざわざしないといけないのよ。いっつも勝手にしてるんだからそうすればいいじゃないの!」
「あのね、するのとしてもらうのじゃ全然違うよ。少なくとも僕にとっては天と地ほどの差があるの。ほら、早く。森崎さんがお風呂からあがってきちゃう」
 
そう言って、新が屈んで逆に顔を近づけてくる。
綺麗な顔がどアップで視界いっぱいに広がっている状況に、なんだかどきまぎしてしまう。
というか、なぜに私からしなければなるまい。
なんか、森崎にはめられたと思うのは気のせいだろうか。
 
しかしこのままの状態で放置すれば時間が過ぎるのも確か。
森崎の前でとんでもなく恥ずかしい事をされてしまうと懸念すれば、私は覚悟を決めねばならない、と思った。
 
触れるようなキスなんて、別にどうってはない。
そう思って、私は目をつぶる新に顔を近づけて唇に触れた。
即座にはなれようとした、その瞬間だ。
 
下ろされていたはずの新の手が物凄い素早さで、私の後頭部をつかんだかと思えば、性急に私の唇を割って舌をねじこんできた。
あ、朝からなにをしてるんだ!
 
抗議したかったけど口を開けばもっと深くキスをされるかもしれない。
なんとか閉じている唇を、新が上下と順番に吸い上げてくる。
舌が歯列をなぞって私のそれを丁寧にゆっくりと舐め上げてくる。
羞恥に身を竦ませたくとも、新がホールドしてそれを許してはくれない。
 
あああ、森崎がいつ出てくるかわかんないのに!
私はどん!と新の胸を叩いた。
 
「…せめて中に入れさせてよ」
「卑猥な表現をするんじゃない!充分でしょもう」
「ちぇ、深咲さんのけちんぼ」
 
口を尖らせる新をぎろり、と睨みつけてやる。
しかし言葉とは裏腹に新はものすごくご機嫌だ。
 
「次はもっと濃厚なのを深咲さんからしてもらうんだー」
「しないっつーの」
「楽しみだなあ」
 
おい、訊けよ。
 
「成島ー、あがったわよ」
「!森崎」
 
び、びっくりした。まさか今の…みられて、ないわ、よね?
 
「朝っぱらからイチャついてんの?とっとと入ってきなさいよ」
「…変な言いがかりつけないでよ。ったく」
 
私は顔を歪ませながら、森崎と入れ替わりで風呂場へとむかった。
このとき、ふたりがどんな会話を交わしていたかなんて知らなくて。
後々、新からこのときの事を聞いて私は驚いたのだった。
 
 
「……遊ぶつもりも、騙すつもりもないと思っていいのよね?」
「森崎さん、深咲さんが大切なんだね」
「ま、危なっかしいところがけっこうあるからね、あの子」
「うん、それはわかるなあ。でも、僕もそうだからちょっと危険かもしれない」
「それはどういう意味かしら?」
「…だからって僕以外を彼女が拾うのは我慢できない」
「ふうん?」
「もうちょっと、待ってもらったら駄目ですか?すべてが終わったら、必ず深咲さんに真実を伝えるから。僕が完全にあのひとの隣に立てるようになるのは、まだちょっと時間が要るんだ」
「そんなの。私に許可取る必要ないわよ。好きにやっちゃって。ただあの子も頑固だから。今みたいにとにかく押したほうがいいわ。で、たまーにひく」
「…9:1くらい?」
「ああ、そうね、そんなんでいいわ」
 
そうして笑い合うふたりの声が浴室からも聴き取れて、楽しそうだなあ、なんて私は呑気に思っていた。


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