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あとりえ透明2

「パッケージ・ティー」




「こんなのメイドカフェじゃねぇ!」
 我慢ならず俺は机を叩いて、立ち上がった。店中の客の視線が集まるが気にしない。
 向かいに座る友人の充から紹介してもらって、ついて来たのだが、想像していたのと何もかもが違った。
 ミニスカートのフリルいっぱいのメイド服は!?
 オムライスにケチャップで書かれたハートマークは!?
 じゃんけんに勝つとツーショット写メを撮れるサービスは!?
 ドジっ子担当のメイドがズボンに水をこぼして拭いてくれるアクシデントは!?
「これじゃただの喫茶店じゃねぇか!紅茶の口上なんて聞きたくねぇよ!」
 紅茶の説明をし始めた高校生くらいの女がうろたえて立ち尽くす。
「そもそもなんだよ、そのロングスカート!アンティーク気取りか!?ならメイドカフェなんて名乗るんじゃねぇ!」
 すると、三人いるメイドの一番年上が自分の横に立った。
「申し訳ありません」
 そうだろう、それで土下座でもするんだろう。それでこそのメイドカフェだよ。
 そもそもお前のような年増がメイド気取りなのも気に喰わないんだ。
 しかし、そのメイドは頭も下げずにゆっくり出口の方に手を差し出した。
「ご主人様方のご迷惑になります。お代は結構ですので、お帰りください」
 冷たい表情でキッパリとそう言う。
「はぁ!?俺もご主人様だろうが!」
「他の方をご不快にさせるご主人様はこちらからお断りいたします」
 周囲の客からの「そうだそうだ」と言う心の声が聞こえた気がして、俺はたまらず席を立った。
「客を選ぶ店なんて潰れろ!」
 充が慌てて荷物を片付け、何やら年増メイドに謝って代金を払っていたようだが気にしないことにする。
 
 
 
「おかえりなさいだにゃん、ご主人様!本日猫耳デーとなっておりますにゃん」
 ピンクハートマークの壁紙にフリルのカーテン、見えそうで見えない黄色のミニスカート。
 クリクリとした大きな瞳。ウェーブした明るい茶髪に黒い猫耳が愛らしい。
 お気に入りメイドのゆあちゃんが案内してくれる瞬間、あからさまに分かる段差につま先を引っ掛けてこちらに倒れかかる。俺はすかさずそれを支えた。
「おおっと、つまづいちゃったにゃん!ありがとう!大好きだにゃん、ご主人様!」
 これだよ、これがメイドカフェだ。
 口直しにと一番贔屓の店に直行してよかった。
「お前がいろんなメイドカフェ見たいって言うから案内したのに、あの店そんなに悪かったか?」
「最悪!そもそもメイドカフェじゃねーよ。あんなの」
「俺は結構気に入ってるんだけどなぁ」
「どこがだよ!」
「ご主人様、お怒りかにゃ?そんな時はこれ、ゆあからのプレゼント!ゆあがご主人様のために心をこめた手作りクッキーだにゃん!」
「ありがとー、ゆあちゃん大好きだよ。じゃあ、俺にオムライスと充は?」
「俺はコーヒー、ブラックで」
 去り際にゆあちゃんのスカートをサラッと撫でる。水色の下着がチラリと見えた。
「もー、ご主人様のえっちー!」
 笑って言うと、小走りに奥へ去って行った。
 …ああ、なんて和むんだろう。
 やっぱりここが俺の楽園だ。
 充は呆れたような顔で俺を眺めていた。
 
 
 
 ピンポーン
 21時を過ぎた頃だろうか。一人暮らしのアパートで大学のレポートを書いていた。
 モニター付きインターホンに写った顔に思わず「げっ」という声が漏れてしまった。
「あんた…あの店の…」
『夜分、失礼します。あとりえ透明の店長代理、高見原一花と申します』
 服はサマーコートにスラックスになっているが、あの年増メイドだ。せっかく口直しで和らいだ気分が再び曇る。
「なんで俺の家、知ってんだよ」
『谷井様のメールアドレスを存じ上げておりましたので、伺いました』
 充か、あいつは…。人の個人情報をなんだと思っている。
 しかし、邪険に扱うこともできず、俺は渋々ドアを開ける。
「本日は安藤様に大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。お詫びをしたくご迷惑なのは重々承知で窺った次第です」
「詫びって何?金?菓子折り?頼むから『当店のクーポン券』はやめてくれよ。もう二度と行かねーから」
「承知しております。ですが、ご意見をいただくたびに金品を差し上げていてはキリがありません。なので、30分で結構ですのでお時間と台所をお貸しいただけませんか?」
 部屋に上げろというのか。何を企んでいるんだ。
 そもそもこの女は言葉だけで一向に謝る態度を見せない。
「帰れ」
 ドアを閉めようとしたその隙間にヒール付きの革靴を挟んだ。
 そして、引きつった笑顔で言う。
「お・ね・が・い・し・ま・す」
 とりあえず手荷物に刃物類がないことを確認して俺は渋々部屋に入れた。
「あんたさぁ、若い男の部屋にこんな時間に来て平気なの?」
「お客様を疑うわけにはいきません」
「俺は客じゃないんだろ」
「違います。ご主人様ではないんです。谷井様から安藤様の分もお代金は頂戴したのでお客様はお客様です」
「わけわかんね。で、お詫びって何だよ。マジで体とか言うんならゴメンだぜ。俺許容範囲上は30だから」
「はい。本当に美味しい紅茶を召し上がっていただこうと思いまして」
 嫌味のつもりだったのに受け流された。
「ウチ、ティーポットもまともなカップもないぜ」
「大丈夫です」
 黒髪を後ろに縛り、女は小さなハンドバッグの中からラッピングされたティーパックを出す。
「それ、スーパーで売ってる安いやつじゃん」
「はい、電気ポットをお貸しいただけますか?」
「ねーよ」
「では、ヤカンか、小振りな鍋でも構いません」
「カップ麺作る時に使ってるやつだぜ」
 言って俺は小さなヤカンを差し出した。女はそれに水道水を注ぐ。
「おい!ミネラルウォーターがあるだろ!水道水なんて飲めるか!」
「濾過装置がついているので大丈夫です。開封して時間の経ったミネラルウォーターよりこっちの方が紅茶に向いているんです」
 カップ3杯分くらいだろうか。水を入れてIHヒーターのスイッチを入れた。
 その間に洗っておいてあったままのカップとスプーンを取り出し、丁寧に洗う。キッチンペーパーで拭くと、音を立てずに置いた。そして、ラップを少し取った。
「湯、湧いてるけど」
 もうヤカンは湯気を立てている。
「ギリギリまで沸騰させるんです」
 二人で狭いキッチンに立ち、少しの無言を置いて女は切り出した。
「安藤様」
「ん?」
「一つ申し上げておきますと、当店の看板にはメイドカフェと表記しておりません。あくまで紅茶と珈琲を楽しんでいただく店です。制服は19世紀の英国風を模しているだけです」
「じゃあ、ご主人様ってのはなんだよ?」
「お客様のことを、ご主人様、と思い接しているからです。メイドカフェというより、従業員がメイドの気持ちで接する喫茶店と思ってください」
 ヤカンの蓋がグラグラと揺れだした。
 女は火を止め、カップに注ぐ。そしてその湯をすぐに捨て、ティーパックを温まったカップに入れ、再び湯を注ぐ。そして、すぐにラップを被せる。
「本当はソーサーを被せるのが一番なんですがお持ちでないようですので」
 そして、腕時計で時間を見る。
「ティーパックって英語なんですよ」
「知ってるよ、そのくらい」
「でも本場のアイリッシュではパッケージ・ティーって言うんです。そうするとちょっとお洒落に思えませんか?」
 独りごちた笑いを浮かべる。
「別に……」
「あとりえ透明はですね、若い子にチヤホヤしてもらう店ではないんです。紅茶専門店って言うとハードルが高い、メイドカフェって言うと行き辛い、そういう人に向けたお店なんです」
「俺はゴメンだね」
「ええ、でもケチャップで絵を描くサービスはありませんが、ラテアートならさせていただけますよ。三十路過ぎたおばさんでよろしければ」
 自嘲めいた笑いを浮かべる。やっぱり30過ぎてたか。
 女は数分待って、ラップを外す。絞らずにそのまま、三角コーナーにティーパックを捨てた。
 色合いを確認し、カップを部屋に運び、ティーパックが入っていたラッピングからビニール袋にいれたクッキーを2枚添える。
 ゆっくりと正座をし、頭を下げた。
「本日は失礼な振る舞いを致しました上、夜分押し掛けて申し訳ありませんでした」
 俺は目を丸くする。
「もし、またご来店いただける機会がございましたら、その時はご満足の行く対応を心がけます」
「なんで最初からそうしなかったんだよ」
「他の方が見ると、ご不快に感じられる方がいらっしゃるかもしれませんから。ただ一つだけお願い申し上げます」
 顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「『潰れろ』だけはやめてください。他の従業員がひどく傷つきます」
 言うと、ハンドバッグを持って徐ろに立ち上がり、一礼した。
「谷井さんにもよろしくお伝え下さい」
 踵を返すと、ゆっくりと部屋を出て行った。
 
 
 
 一人残された部屋で紅茶を啜る。それは、確かにティーパック……いや、パッケージ・ティーで淹れたとは思えないほど美味かった。
 ゆあちゃんの愛情たっぷり特製紅茶よりよっぽど美味い。
 添えられたクッキーも食べてみる。
 一口食べると、市販のものとは明らかに違う味がした。薄々感じていたことだが……。
「ゆあちゃん……あんたのクッキー、ひょっとして手作りですらない?」
 でもやっぱり俺はゆあちゃんの特製……いや、もしかすると厨房でおっさんが作ってゆあちゃんはケチャップで絵を描くだけかもしれないが……ゆあちゃんのオムライスが好きだ。
 ただ、もう一度、あの店に行ってもいいような気もした。
 あとりえ透明、と言ったか。
 
 
 でも何故、喫茶店なのに「あとりえ」なんだろうか。


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