Artist Web Siteたけてん

かむがたりうた

後日章 「ソシテ」




 好きな人がいた。
 黒く長い髪とおっとりとした物腰がとても印象に残る少女だった。
 両親は音楽の高校を勧めたが、彼女を追って進学高校の普通科に進んだ。
 高校に入ってすぐにバンドメンバーの募集を見かけた。
 彼女の気が惹けるかもしれない、それだけの単純な理由だった。
 バンドのリーダーを名乗る隣のクラスの少年に会いに行った。
 ひどく不遜な少年だったが、割と歓迎された。
 自分はボーカルかギターがいいと思っていたが、何でも一応できる、と言ったらベースになってしまった。
 3年間校内バンドのベースでさほど目立つことなく過ごした。
 彼女の目に留まることはなかった。




「中瀬さーん、起きてますかー」
 部屋をノックする音が響く。返事を待たずに女が入って来た。
「葉書が来てますよー。なんか結婚報告だそうですー」
「勝手に見んな」
「だって葉書だもん、分かっちゃいますよー」
 胸元まで伸びた髪を抑え、ふふふ、と笑う。
 葉書を見て俺はギョッとした。
 そこに写っていたのはウェディングドレス姿の彼女とバンドのリーダー
「珍しいですねー。友達ですかー?」
 池条ナヲだった。
「今日のレッスン、綾瀬川紅葉くんの受験指導ですけど、30分遅らせてほしいって電話ありましたー。部活だそうですー」
「綾瀬川…ああ、巴ね」
「だからーその巴ってのなんですかー?本名で呼んであげてくださいよー」
「知らねーよ。本人がそう呼べって言うんだから」
「仕事なんですから、ちゃんと線は引かなきゃー。あ、あと空さんがー」
「高梨」
「はいー?」
「結婚するか?」
「え!?ちょっ!ちょっと待って!?え!?ええ?もう一回言ってくれますか!?」
「じゃあ、今のなし」
「あー!すみません!聞こえました!聞こえてます!じゃあまずウチの両親に…」
「30分延びるならもう一眠りできるな」
「ちょっとー、中瀬さんー!」




 変わらない。
 俺の歌は変わらない。
 そうして、俺の歌は流れ続ける。


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