あとりえ透明3「最後に」




 あの人は持っていた。
 富も
 名声も
 美貌も
 才能も
 学歴も
 恋も
 愛も
 結婚も
 子供でさえも
 私の持てなかったものをすべて持っていた。
 
 
 
「長生きだけ。私が笑さんよりできたのは」
 すっかり遠くなった耳に不意に外から若い女の子の声が聞こえた。
「ここ?絵の具体験させてくれるお店って」
「うん、そのはず」
「絵の具って歴史の教科書でしか見たことないよ。できるかな」
「カフェだけでも大丈夫だってお母さんが言ってたよ」
「あ、この看板可愛い。これも絵の具で描いたのかな?」
「違うよ。これは彫刻っていうの。授業でやったでしょ」
 私は杖を持ちゆっくりと立ち上がる。すっかり白髪だけになった髪を整え曲がった背筋をなるべく伸ばしゆっくりと扉の前に立った。
『朋ちゃんはいつも怒った顔をして怖いよー』
『笑えば美人なのにー』
 若い頃の笑さんの声が思い起こされる。
 私は出来る限りの笑顔を作りお客様を出迎えた。
「いらっしゃいませ。あとりえ透明へ」



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