あとりえ透明「マスキングテープ」




「えー、何それー?」
「本当だって。金崎先輩に教えてもらったの。時々行くお店」
「面白そう!」
「なんかね、デコとかも教えてくれるってこの前店長さんが言ってたよ」
「ホント!?私携帯デコりたい!」
「皆で行こうよ!」
 漫研の部室で賑やかな人たちが騒いでいる。半年前、コンピューター室に部室が移ってから、漫研は一層浮ついた雰囲気になった。
 私は静かにマンガが描きたいだけなのに。
「なるちゃんも行かない?」
「あ……いや……私は……」
「なるちゃんアナログ漫画も描くんでしょ。トーンとかもいっぱいあるよ」
 その言葉に私は反応せざるを得なかった。
 




「そういや、金崎先輩って進路どうするの?」
「普通科の高校受験するって中条先生が言ってたよ」
「コン研OBの彼氏追っかけて専門行くって聞いてたけど?」
「中学から漫画の専門とか無謀っしょ。漫画家なんてなれるわけないんだから、ねぇなるちゃん」
「え……う、うん……」
 目立たないとよく言われる。もっとお洒落すればいいのに、とか、お化粧すればいいのに、とか。
 余計なお世話だ。
 漫研の名を借りて、アニメの話で盛り上がればいい連中と一緒にしてほしくない。私は漫画家になるんだ。漫画が描ければそれでいいのに。
 




「あ、緑川さんいらっしゃいませ。今日は大勢ですね」
「うん、漫研のみんな連れてきちゃった。九人、大丈夫?……ってあれ?机増やしたの?」
「いらっしゃいませー」
 両極端の容貌の二人のお姉さんが出迎える。
「増やしたというか、一階をメインにしようと思って。画材は上にあるので、私が取ってきます。今日は何をされますか?」
「デコ!携帯デコりたいんです!」
「絵美さん、デコならまだできるかな」
「教えるだけならできると思うー」
 絵美さん、と呼ばれた人が手を挙げて、椅子に座った。
「皆さんも席にどうぞ」
 ショートカットの人は笑顔で席を勧めると二階に小走りで上がる。
 数分経って、大きな木箱と紙袋を持ってきた。
 机の上に置くと、木箱を開く。そこには色とりどりのビーズやラインストーンが詰め込まれていた。
 袋には接着剤とピンセットが人数分入っている。
「まずはデザイン画作らなきゃねー。なんかこんなの作りたいとかあるー?」
「私、ハートのやりたい!」
「アニメキャラのデコとかできます?」
「あ、それいい!」
 やっぱり来なければよかった。心底思う。
「あの、私、二階で漫画描いてていいですか?」
「えー、なるちゃん、デコやらないのー?」
「携帯にそんなことしたらお母さんに怒られるから」
 それは本当だが、内心はそんなことをしたくないというのが一番の理由だった。携帯が持ちにくくなるだけではないか。
「……絵美さん、一人で大丈夫?」
「うん、ともちゃん行っておいでー」
 言うと、ともちゃんというお姉さんは私を二階に案内した。一人で大丈夫なのに。
「漫画描くの?」
 お姉さんの言葉に私は不承不承頷く。
「……はい」
「どんなのが好き?」
「……少女漫画が……」
「少女漫画描くのにお洒落に興味ないのはちょっとダメかなぁ」
「そんなの後でいくらでも勉強できるじゃないですか」
「なるちゃん……だっけ?」
「成瀬凛です」
「うん、成瀬さん。でもね、お姉さんから一つだけ忠告しておくわ」
 ともちゃんさんは私の両肩を力強くつかむ。
「お肌ピチピチでミニスカをはいて街を歩けるうちにしか楽しめないお洒落ってものすごく多いわよ。いや、マジで」
 その顔があまりに鬼気迫っていて、私はコクコクと頷くしかなかった。
 私のその様子にとりあえず納得したのだろう。ともちゃんさんは手を放し、棚を物色し始める。
「ここはメイクは扱ってないからそういうのはできないんだけど……そうね、ネイルとか興味ない?」
「学校で禁止されてるし、お母さんも怒るから……。お金もないし」
「そう言うと思って、ね。マスキングテープでネイルができるの。百均のとかでいいから、かわいい奴」
「え?」
「トップコートと爪のヤスリ、これは私の私物なんだけど、安いのだったらこれも百均にあるからね。これとマスキングテープがあれば、すぐに剥がせるネイルができるの」
 ともちゃんさんはマスキングテープが山ほど入った箱を持ってきた。
「爪につけるんならどの模様がいい?」
「えっと……じゃあ、この花の……」
「オッケー」
 言ってお姉さんは小花柄のマスキングテープを取り出しハサミで丸く切り出す。
 そして私の左手を取ると直接爪に貼付けた。
「え!?こんなことしていいんですか!?」
「マステは粘着力が弱いからね。貼付けても爪が痛まないの。それで、余った部分をヤスリで削って爪のサイズに合わせる」
 丁寧にヤスリをかけていく。爪の大きさぴったりになるとトップコートを取り出した。
「これだけだとすぐにはがれちゃうから上からこれを塗るの。マニキュアと同じ要領で」
 丁寧に左手人差し指に透明の液体を塗っていく。
「速乾性だからすぐに乾くわよ」
 キラキラとした指を立てて、思わず見蕩れてしまう。
「あ、でもこれお母さんに見つかったら……!」
「大丈夫よ。マステを剥がす要領ですぐに剥がれるから。安上がりだし、いろんな模様が楽しめるわ」
 ともちゃんさんは少し寂しそうに、ぽつりと言った。
「いつ体がどうなるか分からないからね。夢や目標もいいけど、今しか出来ないことは楽しめるうちに楽しまなきゃ」
「……部活の子たちにも教えてあげようかな……」
「うん、いいと思う」
 言って、ともちゃんさんは『あとりえ透明』と書かれたカードを差し出した。
「本日のご利用、まことにありがとうございます」
 




 皆がデコをしている間、残りの九本の指に違うマスキングテープを貼ってみた。少し派手すぎるかもしれない。私には似合わないかもしれない。でも……。
「今だけだもんね」
「何か言った?なるちゃん」
「ううん、何でもない」
「そのネイル、明日教えてね。マスキングテープ家からいっぱい持ってくる」
 




「あ、拓馬叔父さん来てたんですか」
「遅かったね。部活?」
 食卓に父の弟が座っていた。
 四十になっても独身で、ジャーナリストだとか、プロモーターだとか、いつも違う肩書でフラフラ過ごしてる。私は正直あまり好きでない。
「友達と寄り道してたんです」
「彼氏とお茶?」
「違います!漫研の子と、えっと……画材カフェに」
「画材……カフェ?」



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