天球儀 其の零 ep.11 一月「山羊座の母親」




世の中に自分が好きな人はどれくらいいるのだろうか?
私はいつもそんなことを考えている。
そして、結局考えても分からないが必ずいるだろうという結論に達する。
 
要するに私は私が大好きだ。
 
 
「久都さん」
 久都凛子は学校の廊下で女生徒に呼び止められた。
「久都さんのお母様、最近テレビであまり見かけないけどどうかされたの?ご病気とか」
「……いえ、今は別の仕事に忙しいようですわ」
「そう、舞台とか?」
「いえ、詳しいことは私もあまり…」
「そうなの。また何かで表に出ることがあったら教えてちょうだいね。大ファンなの。芽衣子さん」
「ありがとう。母に伝えておくわ」
 凛子はたおやかに笑って手を振った。
「芽衣子…か…」
 凛子は携帯を取り出し、タッチパネルを触るとそれに向かってつぶやいた。
「…だそうよ、常磐芽芽」
『あれは常磐芽芽に言ってるんじゃない。芽衣子だ』
「で、その芽衣子さまはどうなってるの?」
『大丈夫だ。問題ない』
「全く…あなたときたら。ところでいつ帰ってくるの?」
『4月…いや、3月か』
 ため息をつくとスマホをポケットにしまった。
 
 
「進学学部を変えたい?亘、お前がか?」
 職員室で進路指導の教諭が訝しげに眉をひそめた。
「はい、医学部…無理でしたら、看護学部でも結構です」
 玲奈は頭を下げる。
 今まで理系の成績も申し分なかったとはいえ専攻は文系だったのだ。無茶な頼みだとは百も承知だった。
「難しいな…それじゃ、学年末試験の結果次第で検討ということにするか。理系科目…特に生物頑張れよ」
「ありがとうございます!」
「しかし、突然どうしたんだ?お前、家の跡継ぎはどうするんだ?」
「両親に養子でもとってもらいますよ。私思ったんです」
 それは きっと 茨の道だろう
 でも
「人の痛みを分かって…できれば治せる人間になりたいって」
 
 
 
「メメクンのくれたこのアプリ便利スよね」
「もう学校中に広まってるぜ」
「でもメメくんって何者スか?こんなの作れるってプロじゃないスか。久都さんは会ったことあるんでしょ」
「ありますけど…」
「どんな人?私らアイコンのパーカー少年のイメージしかないスよ」
「少なくとも…それとは真逆の人ですわ…」
「会ってみたいな〜。どこに住んでるの〜?」
「ちょっと、それは…」
「そういや話変わるんだけど、高坂くんってどうなったんですか?」
 沙羅が話題を変えた。
「証拠不十分で釈放。本人は自分がやったって言い張ってるんだけどな」
「結局小紫さんの一件以外は永戸くんがやったんスよね?あれ以来学校来てないし」
「剣くんも来ませんよね」
「随分寂しくなっちゃいましたね。この部屋も」
「人数減ったし、来年の研修今のうちにやっちゃうスか?今の感じだと一人で二人分面倒見なきゃいけない感じスよ」
「来年の十二宮は…館林くんが牡羊座か〜」
「う〜ん、今更呼び戻すのも気が引けるなぁ」
「とりあえず館林以外の2年に声かけてみるか」
 
 
 
「せーちゃん、ご飯だよ」
 マンションの一室に二人分の食事を持って沙羅が入る。
「お家帰らなくて、大丈夫?」
 斉太郎は答えずゆっくりとベッドから起き上がる。
「今日はね、せーちゃんの好きな回鍋肉なんだよ。温かいうちに食べてほしい…かな…。あとね、卒業前に学年末考査あるでしょ。受けないと卒業できないし…だから学校行ったほうがいいかなって…」
「…………」
「私はね、せーちゃんにはちゃんと卒業してほしいんだ…。だって、せーちゃんは悪くないもん」
「でも、お前は葵がいいんだろ」
「そんなことないよ。私はずっとせーちゃんの傍にいるよ。ほら、ご飯食べよ」
 斉太郎は部屋の小さなテーブルに置かれた料理を見て、箸を手に取った。
「…いただきます」
 沙羅が心底嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、せーちゃん」
 ゆっくりと穏やかに切り出す。
「私が学校行かなかったら、せーちゃんは学校行ってくれる?」
 
 
 
 電話の音が響いた。
「もしもし、永戸です」
『滋ちゃん?譲は?』
「葵クン?携帯は?」
『あいつ、携帯にかけても出なくてさ。どうしてる?』
「部屋にこもりきり」
『替わってくれる?』
「うん、ちょっと待って」
 滋はコードレスの受話器を持って階段を上がった。
『あのさ、滋ちゃん』
「うん?」
 歩きながら滋は応じる。
『好きだよ』
「知ってるわ。でも私は辰哉が好き。ごめんね、葵クン」
『俺はいつまででも待ってるから』
「……ありがとう」
 受話器に向かって話すと、譲の部屋をノックした。
「兄さん、電話。葵クンから」
「切ってくれ」
「そうもいかないわ。ドア開けるわよ」
 滋は扉を開けた。母の方針で自分と兄の部屋には鍵はつけていない。開けた部屋は真っ暗だった。
「ここに置いて、マイクにしとくから。切りたかったら自分で切って」
 それだけ言い、ドアの近くに受話器を立てかけると、滋は部屋を出た。
『譲?聞こえる?』
「…………葵」
『よかった。声聞けた』
「……そんなこと思ってもないくせに」
『思ってるよ。学校に来いよ。誰もお前を責めない。皆待ってる。金城を刺そうとしたことだって黙ってる』
「嘘つけ!責めるだろ!俺が男が好きで、妹の恋敵で、嫉妬で人刺すような変態だって!異常だって!自分でも分かってるよ!分かってる!分かってるから…」
『だから!思ってるよ!気持ち悪いよ!俺は普通に本気で滋ちゃんが好きだよ!お前報われねぇよ!分かってるなら、堂々と顔見せて謝れよ!金城にも!皆にも!』
「…………」
『なぁ…話そうぜ…何が悪かったのか話し合って……一から話して…それでダメならまた考えて……何が一番いいか…考えようぜ……やり直せばいいじゃん……なぁ……』
 一呼吸おいて、葵は続けた。
『…誰が悪かったのか…ひょっとしたら誰も悪くないかもしれないから…考えなきゃ…考えるのをやめちゃダメだ』
 
 誰も 誰かを 責めたり してないのに
 
「俺さ…」
 譲はゆっくりと口を開いた。
『ん?』
「お前と一緒に居たかったんだ。ずっと…一生…お前と…滋と…椿と…他には誰もいらないから…死ぬまで…4人で…」
 
 そんなこと 無理だと 分かっているのに
 
「高校出て、お前と離れるのが怖かった」
 
 こんな簡単なことが 不可能だと 信じたくなかった
 
「怖くて、留めたかった。こんな不安もう嫌だった。自己嫌悪で、潰されそうで。そんな時、あいつに声をかけられたんだ」
『あいつ?』
「館林だよ。蛇遣座の、館林」
 
 
 
「えっと…どうしました?亘会長」
 夜遅く家に訪ねてきた玲奈をリビングで迎えた。
「あんた達、誰がリーダーなの?」
「誰が?」
 館林は首をひねる。
「あんたと高坂くんと市川くんがグルになって何かやろうとしてるのは分かったわ。でも誰がリーダーなの?それぞれがそれぞれをかばいあってる」
「…分かりませんね」
 館林は一呼吸おいて、顔を上げた。
「誰がリーダーとか、そんなに大事なんですか?」
 別人のように冷たい目で息をつく。
「あなた達はいつもそうだ。誰が上かとか、誰が悪いかとか。十二宮?牡羊座?バカバカしい。俺は大学に推薦してもらえるからって生徒会に入ったわけで、占い愛好会に入った覚えもましてや占い師になるつもりもありませんよ。そもそも人間をきっちり十二等分して性格や運勢を判断するなんて非科学的なこと、俺は絶対信じませんから」
「え?」
「俺達は誰が一番でもない。誰が上でもない。それで問題ないんですよ」
「じゃぁ、誰がまとめてるの?」
「教えましょうか?」
 言うのを待っていたようにリビングの扉が開いた。そこに立っていたのは……。
「久都さん…?」
 久都凛子だった。
 
 
 
「なんで、久都さんが…?」
「去年の春頃から館林さんのところにお世話になっております」
 ロングスカートにカーディガンを着た少女は頭を下げる。
「久都さんが全部計画してたの?楷明狩りも剣くん刺したのも」
「違います。私ではありません」
 凛子は咳払いをして、玲奈の向かいに座った。
「芽衣子という女優をご存知ですか?」
「そりゃ知ってるわよ。ベテラン大女優じゃない。最近見ないけど」
「そうです。そして、芽衣子は私の母です」
「まぁ不思議じゃないわね。あの人確かだいぶ前に離婚してるけど、年齢的に17歳くらいの子供がいてもおかしくないわ」
「ええ。そして今、何故表に出なくなったかわかりますか?」
「知らないわよ」
 顔を上げて玲奈を睨みつける。
「あなたのせいですわ!伊賀リュウイチのお父様がテレビのプロデューサーで、十二宮を目の敵にしたあの人が仕事が来ないようにしたんです!それで、私は一人暮らしが立ち行かなくなって母の古い知人の館林さんにお世話になりながら、アルバイトで生計を立てることに!あなたが!あなたのせいで!」
「久都さん、落ち着いて」
「……すみません。それで館林さんたちのことでしたね。彼らをまとめているのが、その芽衣子です」
「はぁ…」
「そして、芽衣子は芸名。今は公表していませんが再婚して、苗字が変わっています。本名は…」
 一呼吸置いて凛子は続ける。
「常磐芽芽と言います。れっきとした39歳の女性です」


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