天球儀 其の零 ep.4 六月「蟹座の罪人」




「市川君……?なんで……」
「高坂先輩は伊賀リュウイチ先輩の友人だったんです。俺も従弟でよく一緒にいたので。それで高坂先輩が命令して……」
「なんなのよ、それ!?そんなことして誰が得するの!?」
 病室にもかかわらず玲奈は大声を上げてしまった。
「分かりませんか?」
 館林が玲奈の目を見つめる。
「貴方に復讐するためですよ」
 
 
 
 六月に入り、十二宮室には未歩梨に加え、暁子とミナトが出入りするようになった。暁子は白制服を着ている。ミナトは相変わらずジャージのままだった。
「レナちゃん〜この件なんだけど〜」
 未歩梨の言葉にも玲奈は返事をしない。
「レナちゃんってば〜」
「ああ、うん…」
「あのね〜暴力事件の被害者が30人超えたって」
「え?」
 玲奈は思わず顔を上げる。
「それでね〜、せんせーが文化祭を中止するって〜言い出してね〜どうしたものかね〜」
「会長」
 ミナトがガタリと立ち上がった。
「できればこの手は使いたくなかったんですが、ミナトが話つけてきましょうか」
「え?」
 ミナトの言葉の意味はわからなかったが冗談を言っているようには思えない。
「イチさんと高坂さんですよね?」
「なんで……」
「なんとなく、あの二人らしいなぁと。この楷明狩りの値段の付け方とか。程よく少なくて、でもバランス取れてるんですよね」
 淡々と続ける。
「校内生徒、教員合わせると約1200人ですよね。1200人に1000円渡すのと、12人に10万円渡すのとで同額なんですよね。このバッサリ感とか明らかに内部犯だし、十二宮だけ額が高いって明らかにターゲットが絞られていますよね。でも楷明の生徒の提示する額にしてはちょっと少なすぎるかな、と。1000円って、でもむしろ詐欺に思われない堅実な額です。いかにもリアルって言うか……そこまで計算できて十二宮に恨みを持ってるって言ったらリュウイチ先輩に肩入れしてるあの二人くらいかな。館林君もありそうだけど彼はそこまでできるほど強気じゃないので」
「それで…何とかできるの?」
「手段を選ばなければ割と簡単にできます」
 キッパリと言い切った。
「手段?」
「ちょっと家に頼めばできなくもないかな、と思いますが」
「家って…?」
 玲奈の言葉には返さず千条姉妹に向き直った。
「千条姉妹は十二宮を全員明日の放課後にここに集めてもらえますか?文化祭の相談だとでも言って」
「うん……」
「いいけど、なんスか?」
 二人が顔を見合わせる。
「全員いないとできないんス」
 
 
 
「でー、何の用だよー」
 永戸譲が机に突っ伏して首を回す。
「えっと、皆さん楷明狩りことはご存知ですね」
 十二宮室には常盤芽芽を除く全員が揃っていた。久都凛子がスマホをスタンドに立てると、芽芽のアイコンが画面に映し出された。
 ミナトが書類を持って話し始め、全員が小さく頷いた。
「それでですね、まず文化祭の中止が計画されています。あと登下校の送迎義務化。アルバイトの禁止なども挙げられています」
 凛子の肩がピクリと震えた。
「で、まぁ嫌ですよね。ミナトは嫌です。で、後付法制はあまり好きじゃないんですが十二宮に一つ、特権を増やしてもらうことにしました」
 淡々と話すミナトの言葉に全員が顔を上げた。
「理事長と掛け合って条件付きですが、十二宮の権限で生徒を停退学処分にできる権限です」
「停退学!?」
 葵が声を上げる。
「はい、条件は二つ。学校、職員、生徒に対して倫理に反する行為をしたものに限る。まぁ、これは当然ですね。あともう一つ。これは頑張ったんですが譲ってもらえませんでした」
「なんだよ?」
「十二宮全員の承諾署名が必要です」
 ミナトが指を立てた。
「そりゃそうだろ。十二宮の特権なら」
 剣斉太郎が伸びをする。
「いや、今回に関しましてはこれがちょいと困ったことになるんです」
「どゆことー?」
 譲が訝しげに目をやった。
「今回処分しようとしている人が十二宮の中にいるんです。それも二人。もう言わなくても分かってますよね?」
「二人…?」
「はい、胸に手を当てて考えてください」
 一瞬のざわつきの後にミナトが咳ばらいをした。
「高坂累君と市川一君」
 全員の視線が一斉に二人に向けられる。
「高坂…と、イチが…?」
「楷明狩りの主犯で間違いないですね。芽芽君に掲示板のIPと銀行のログも取ってもらってるので。掲示板に書き込んだのはイチ君の家から。銀行振り込みの元口座は高坂君のもの」
「え〜?パソコンできるとそこまでできるの〜?」
 未歩梨が目を丸くする。
「ミナトの知り合いに、お役所の偉い人がいるらしいです。まぁ単純に犯罪ですしね、楷明狩りって。」
 未歩梨の疑問にもミナトはあっさりと答えた。
「ミナト…あんた何者よ…?」
 あまりの卒のなさに玲奈は半ばあきれた声を出した。
「ミナトはただのミナトです」
「ふざけんじゃねぇ!」
 初めて一が声を荒げた。
「そんな簡単に決まり作られてたまるかよ!てめぇ、何様だ!?」
「ミナトはただの…」
 掴み掛ろうとした一の拳を累が抑える。
「累さん…」
「お前らはそれでいいんだな?」
「ええ、単に穏便な学園生活を送りたいだけです。そちらも大っぴらにされて警察沙汰になるよりはいいでしょう」
「俺はどっちでもいいけど、むしろお前らには好都合だろうな」
 累は口の端で笑うと立ち上がった。
「署名でも何でもしてやるよ。俺とイチが退学になればいいんだろ?ネットのログはどうすんだ?」
「揉み消してもらいますよ」
 ミナトは事も無げに言う。
「そうか」
 累が軽く息をつく。
「イチ、来い」
「なんですか?」
 累が一の頭をグイッと押し下げ、自分も深く頭を下げる。
「皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
 張りのある大きな声が響き渡る。
「す、すんませ…」
「イチ!声が小さい!」
「…っすみませんでした!」
 一の声がこだまする。
「えっと…じゃあ、これに全員サインをお願いします」
 ミナトが二枚の紙を全員に配る。
 一は戸惑っていたが累に視線で促され、自分の名前を書いた。
 
 
 これで終わったのか?
 これで全部終わるのか?
 
 
 一と累は頭を深く下げ、部屋から出ていく。
 ミナトはそれに返し、一礼した。
 その様子を見ていた玲奈の頭にふとよぎったのは…。
「でも……あの時、市川君、私を止めてくれた」
「え〜何〜?レナちゃん〜?」
「1年生の教室で揉め事があって、様子を見に行こうとした私に『違う』って…『今回は楷明狩りじゃないから行く必要ない』って…」
「なんで?」
「分からない…でも…どうして市川君はあの時…」
 真顔だった。
 切羽詰まった顔で自分を引き留めていた。
 私に『楷明狩り』のことを教えるのも厭わないような…。
 
 
 なんで…あの時…
 私の心配をしていたのか…
 
 
「ミナト、すげーじゃん、お前!」
 葵の声にハッと我に返った。
「マジで、全部一人でやりやがったな!」
「いや、ミナトはできることやっただけですよ」
「でもすごかったスよ、ミナトくん」
「ミナトが会長やればいいのにー」
 ミナトの周りに人だかりが出来る。
 しかし、それを縫って暁子が駆け出した。
 
 
 
「イチクン!」
 暁子は廊下で一を呼び止める。
「イチクン、悪くないスよね!?あたし知ってるスよ。だって、あれ全部やったの……」
「黙れ!」
 一は振り返らずに声を上げた。しかし、暁子は言葉を止めなかった。
「イチクンは何で言いなりなんスか!?だって、昔探してくれたじゃないスか!ミポリンがいなくなった時、あちこち一緒に探してくれたじゃないスか!カホちゃんの家まで探し当ててくれたじゃないスか!あたしあの時……」
「俺に関わるな」
「関わるス!だって、こんなのとばっちりじゃないスか!イチクンが悪いこと嫌いだってアタシは知ってるス!イチクンは高坂君には逆らえないから……。産まれたばかりの頃、両親亡くして引き取られて……」
「お前どこまで知ってるんだ?」
「全部知ってるス!イチくんのこと!」
 暁子は一呼吸置いて叫んだ。
「好きス!大好きス!LikeじゃなくてLoveの方です!」
 一は表情を変えなかった。
「俺なんかやめておけ」
「やめないスからね!あたし諦めないスからね!」
「頼むから…もう関わらないでくれ…俺は」
 一は暁子に背を向けて廊下を歩き出した。
「俺はもう学校には来ない」
「そんなこと言わないでほしいス!」
「俺にそんな価値ないんだから」
 
 
 玲奈はふと久都凛子の横にあるスマホに目をやった。
 書類には黙って電子署名を送ったが、芽芽が一言も言葉を発していない。あの饒舌な芽芽が。茶化しの一言も言っていない。掲示板のことも知っていたし、そもそもこういう分野は専門ではないのか?
 そういえば、館林経由で教えてもらったのが幸いしたが、芽芽はどうして自分にだけ掲示板の存在を教えなかった?
 まるで
 自分だけを
 玲奈だけを潰そうとしているかのようではないか。
 
 
「これでよかったのか?」
「はい、ありがとうございます。常盤さんは納得行かないでしょうが、後はこちらでやります」
「何を?」
「2年待ってください」
「2年?」
「俺が十二宮に入って潰してやりますよ。あいつら…いや、あの体制をね」
 言って伊賀リョウスケは笑った。



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