天球儀 其の零 ep.1 三月「牡羊座の姫君」




世の中に自分を嫌っている人間はどれほどいるのだろう?
そんなことを考える奴なんて余りいないかも知れないが、俺はほぼ毎日考えている。
そして結局途中で考えるのを止める。
 
要するに俺は俺が嫌いだ。
 
 
 
2010年3月1日
 
「亘さん!亘玲奈(わたりれいな)さん!」
 放課後、廊下で呼び止められた少女は不機嫌な表情を隠そうともせず振り返る。
「何?」
 声をかけた少年は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「あ…あの…俺、1年の館林(たてばやし)っていいます!あの…その…付き合ってください!」
「……………」
 二人の間に沈黙が流れる。
「……えっと…その…返事はすぐでな…」
「死ね」
「へ?」
 少年は目を丸くして顔を上げた。
「聞こえなかったの?百回死んで生まれ変わって出直して来いって言ったの。死ね」
 少女はくるりと踵を返すと友人とつかつかと歩き去った。
「相変わらず手厳しいねぇ、亘さん」
 二人分の教科書とノートを持った友人が苦笑する。手ぶらの少女は眉間にしわを寄せて手を振った。
「あの程度の顔で私と付き合おうってのが図々しいの。何様よ、アイツ?」
「何様なのはそっちだと思うけど…」
 困った顔で友人は少女の顔色を窺った。その時
 パシッ
 少女の掌が友人の頬を打った。友人の手からバサバサと本が落ちる。
「え?」
 少女は床に落ちた本から自分の分だけを拾い、一人で歩き始めた。
「何あんた?私に反論していいと思ってんの?二度と話しかけんな、ブス」
「ちょ…そんなつも…」
 追いかけようとする友人を冷ややかな目で一瞥する。
「死ね」
 
 
 
世の中に自分が好きな人はどれくらいいるのだろうか?
私はいつもそんなことを考えている。
そして、結局考えても分からないが必ずいるだろうという結論に達する。
 
要するに私は私が大好きだ。
 
 
 
 休み時間で騒がしい教室が、さらにざわめきを増した。一人の太った青年の出現で。お世辞にも似合っているとは言えない白い制服を着た青年は、後輩の教室にも関わらずペコペコと頭を下げて回りながら、周りに無関心に本を読んでいる少女の席の前に立った。
「あ…あの…わ…亘…さん」
「死ね」
 亘玲奈はその見栄のいいとは言えない青年にチラリと目をやると、再び本に目を落としながら言い放った。
「い…いや……ちょっと…待って」
「デブが伝染る。近づくな」
 オドオドとしながら、それでも引き下がらない青年に少女は再び口を開く。
「……で…でも…」
玲奈は不機嫌な表情でわざと大きな音を立て席から立ち上がる。本を持って踵を返すと教室の出口に向かった。
「あ…ごめん…」
 立ち尽くす青年に後ろから女生徒が声をかけた。
「気を落とさないでください、会長。いつもあんな感じですから姫は」
 
 
 
「え!?断られた!?」
 十二宮室に戻った伊賀リュウイチは黙って頷いた。
「フザけるなよ!またいつもみたいに簡単に引いちゃったんだろ!」
 立ち上がる青年にビクッとなるリュウイチの肩を酒本カズが叩いた。
「分かったよ!俺も一緒に行ってやるから、もう一回行くぞ!伊賀!」
 
 
 
「亘さん」
「またアンタ?友達連れて出直しなんてサイテー」
 教室に現れた先程の青年ともう一人、かなり容貌の整った青年に玲奈はチラリと目をやるが、再び本に目を落とす。
「そ…そうじゃなく……ボクは…」
「伊賀リュウイチでしょ。十二宮会長の。知ってるわよ」
「……ご…ごめん…」
 慌ててカズが一歩前に出る。
「そうじゃなくて!ごめんな、コイツこんなんで!俺、十二宮蟹座なんだけど、亘さん牡羊座だよね?3月から実習あるって聞いてない?」
「聞いてない」
「あ、それじゃ連絡の不行き届きだね。ごめんね。今日から十二宮室で実習があるから来てもらえないかな?」
「めんどい」
 笑顔で青年は続けるが、玲奈の反応は冷たい。
「そんなこと言わず、今日は自己紹介だけですぐ終わるから」
「自己紹介だけなら行く必要ないでしょ」
「いや…だってね…」
「しつこい、退け」
「君は…」
「死ね」
 
「というわけで俺も玉砕しました…悪い…」
 十二宮室でカズが軽く頭を下げた。
「酒本君でダメだったの!?」
「女子が行った方がよくない?」
「あー、ダメダメ。姫は女の方が扱い悪いから。自分の奴隷になる女以外必要ないって感じで」
「ど…」
「どういう子?」
 紺の学ランを来た永戸譲が頬杖をついて唇を尖らせた。
「だから、姫ですよ。お姫様。亘財閥の一人娘で眉目秀麗、才色兼備」
「フラれた男の数は高等部だけで三ケタは下らないって話。ちなみに男の最低ラインは三浦春馬」
「酒本でもダメだったわけだ」
 カズが机に突っ伏した。
「女にあんなに雑に扱われたの初めてだって〜。マジ凹む〜」
「ざまぁ」
「…そ…その…ごめん……ボク…が…」
「あー、もー、会長は黙ってて!どーせダメなの分かってるから」
「………う…うん…ごめん…」
「もう11人で自己紹介しておいた方がよくないですか?どうせ姫のことは全員知ってるんだし」
「姫は私たちのこと知らないでしょ」
「後で教えればいいよ、ね、会長」
「……そ…そうだね…」
「会長ってこんな人だったんですね」
 取石葵が譲の横で伸びをする。
「ていうか俺、副会長の方を会長だと思ってたんスけど」
「私も。集会とかで話するのいつも副会長だし」
「会長は何て言うか…極度の対人恐怖症でね……」
「牡羊座って引っ込み思案なんですか?そんなので会長に?」
「牡羊座はリーダーシップのはずなんだけど、まぁ会長は病気みたいなものだから、ね。成績はいいんだけど…」
「………ご…ごめん…」
「ああ、もういいから。それじゃ亘さんはいないけど自己紹介始めようか」
 短い髪の少女がゆったりと手を振った。
「は〜い、あ〜あの〜牡牛座で副会長を務めさせていただく〜千条未歩梨(ちじょうみほり)です〜あ〜マイペースだって〜よく言われます〜」
「ダイジョブダイジョーブ、ミポリン。次って何座スか?」
 隣にいる軽くウェーブした髪の少女がパタパタと手を挙げる。
「双子座」
 酒本カズの言葉に少女は立ち上がる。
「あ、アタシじゃん!どーも千条暁子(ちじょうきょうこ)ス。ヨロ。はい次ドゾ」
「え?苗字同じ?2人とも?双子…いや星座違うよね」
 暁子の方が指を立てる。
「あー、アタシたち義理の姉妹なんスよ。アタシがお父さんの連れ子で半月の差で妹ス」
「なるほど」
「じゃぁ、次は蟹座かな」
 小柄な体格の少年が立ちもせずに呟くように言った。
「文化部長・市川一(いちかわはじめ)以上」
 市川一が座るのを待って、隣に座っていたジャージ姿の中性的な生徒が立ち上がり、ペコリときれいな姿勢で頭を下げた。
「では、俺ですね。獅子座運動部長。ミナトです。よろしくお願いします」
「ミナト?苗字?名前?」
「いいです。ミナトはただのミナトですから。次、乙女座ですよね」
 言い終わるかどうかと言う間に顔を耳まで真っ赤にして何度もお辞儀をする。
「えっとその…私も伊賀会長ほどじゃないんですけど…その赤面症で…あの…ご迷惑など……おかけしましたら…すみません」
「沙羅。名前名乗ってない」
「あ、す…すみません…!小紫沙羅(こむらさきさら)と申します…その…よろしくお願いいたひ…!」
「あーあ、舌噛んだ」
 隣のスラリとした青年が小紫沙羅の肩を押さえると、代わりに立ちあがった。
「この辺にしてやってください。こいつに片思い歴17年。一途なA型天秤座、剣斉太郎(つるぎせいたろう)です」
 座った沙羅が斉太郎の服の裾をつかむ。
「……や…やめてよ…せーちゃん…」
「いいじゃん、俺が勝手に言ってんだから」
 終わるのを待って勢いよく長髪の青年が腕を振った。
「取石葵(とりいしあおい)!蠍座!蠍座!」
「五月蝿いよー迷惑だよー、葵」
「次は…射手座か」
 黒髪の整った顔立ちの少年が座ったまま手を挙げる。
「はーい、永戸譲(ながとゆずる)でーす。嫌いなものは親と妹とファッション誌。白制服着る気はないんで、そこんとこよろしくー」
「あ、この譲と家族ぐるみで幼馴染みなんで!こいつの妹、モデルやってんだよ!こいつに似ずにマジ美人!俺の妹はもっと可愛いけどな!」
 咳払いをして、長い黒髪を後ろにまとめた女性が立ち上がり一礼する。
「少々黙っていただけますかしら、取石さま?私の順番ですので。山羊座・久都凛子(きゅうとりんこ)と申します」
『そのDQN苗字名乗るのやめwwwwマジワロスwwww写メと一緒についうpしておk?』
 久都凛子の携帯から少年のような合成音声がした。皆が一斉にスマートホンを覗き込む。そこには声と同じ文字が次々に入力されていった。
「ネットでしか生きられない愚民はお黙りなさい!常磐芽芽(ときわめめ)!貴女も十分変わった名前でしょう!」
 凛子が携帯に怒鳴りつける。画面に機械的な音声とともに文字が表示され続ける。吹き出しの元にあるアイコンはパーカーを着た少年だった。
『でもw苗字wwキwュwーwwwトwwwwかまぼこにwwCwUwTwEwww悲劇だおwww』
「だから…!」
「ちょっと、久都さん…。その子、水瓶座…?」
「そうです。通信制で授業を受けてるんですが、昼間部混成の一般試験でも成績がずば抜けていいので抜擢されたんです。通信制の人が十二宮に入るのは初めてだそうで。私とは昔馴染みです」
『はいはいwww俺転載だからさーwwww次どうぞ』
 携帯の音声と文字に促され、大柄な青年が立ち上がった。
「えっと…いいのかな…。魚座・保健委員長の高坂累(こうさかるい)です。どうかよろしくお願いします」
 
 
 
「亘さん」
「誰?」
 2年の教室で目の前に立ちはだかった自分より頭二つほど大きな男を睨みつける。
「いや…1年間一緒のクラスだったんだけど…高坂だよ。十二宮魚座。よろしくね。今日は十二宮室行くよね?みんな待ってるよ?」
「なんで?」
「いや…何でって…実習が…制服の採寸とかもそのうちやるみたいだし、何より亘さんまだ他の11人知らないでしょ?紹介するよ」
「嫌」
「そんなこと言わずに…」
「別に私、十二宮に入らなくても大学くらい行けるもん。他当たってもらえる?」
「でも会長も…」
「しつこい」
 玲奈はガタッと立ち上がる。
「あのデブ会長に会うのが嫌なの。これ以上つきまとわないでくれる?」
「いいから来いよ!」
 高坂累は乱暴に玲奈の腕をつかんだ。
「ちょ…嫌だって…腕痛い…放せ!」
「そう言うなら自分で歩け!自分の足で歩け!このアホ!」
 荒い語調に怯んだ玲奈は渋々と累について歩いた。
「わ…分かったわよ…」
 
「あ、姫スよ」
「本当だ〜お姫さんだ〜よく来たね〜」
「…よ…よろしく…」
 23人が一斉に玲奈の方に向く。
「ようこそ十二宮へ」
 
 
 
「おい、あれ、2年の姫じゃね?」
「ホントだ。うわっ、近くで見るとマジ美人」
「何の用だよ」
 3年の教室にドカドカと入ってきた玲奈に伊賀リュウイチは体を震わせる。
 伊賀の机にドサドサッと星座の本を置く玲奈。
「え…これ…」
「全部覚えたから」
「でも…これ渡したの…一昨日」
「二日もあればこのくらい覚えれるに決まってるでしょ。バカじゃないの?このクズ。次は?」
「つ…次…」
「ないならもう十二宮室行かない」
「あ…あるから…その…事務とか…いろいろ…」
「ったく…つまらないことで煩わせるな」
 玲奈は踵を返し捨てセリフを吐きだす。
「死ね」
 
 
 
「だーかーらー!分かってるって言ってるでしょ!しつこい!ウザい!」
 十二宮室に玲奈の悲鳴にも似た声が響き渡る。
「…いや…でも…その書類に使う認印はこれじゃなくて…」
「分かった!分かってる!だからその脂顔それ以上近づけるな!デブが伝染る!」
 それを端から見ていた葵と譲がため息をつく。
「結構粘るねー。伊賀会長」
「ホント、姫にはすぐ折れるかと思ったんだけどね」
「まぁ、これが実質最後の仕事だし。頑張ってるんでしょ。彼なりに」
 部屋の扉が開き、カズが顔を出す。
「会長ー。亘さんー。蛇遣座の新会長連れて来たよー」
「あ、はじめまして。館林です。よろしくお願いいたします」
 カズの後ろから姿を見せた少年がぺこりと頭を下げる。
「今年は男の子かー。かわいいじゃん」
「あれ?館林、お前かよ?」
「高坂くん、知り合い?」
「うん、俺の従弟。親も仲いいし」
 館林は顔を真っ赤にしながら玲奈の前に足を運んだ。
「あ、あの亘先輩」
「何?」
「あの…俺…亘先輩と仕事したくて無理言って蛇遣座の会長にさせてもらったんです。よろしくお願い…」
「会ったことあったっけ?」
「え…えっと…告白しました…1週間前」
「あっそ」
「あっそって…覚えててくれなかったんですか?」
「私に告白してきた奴の名前なんていちいち覚えてらんないわよ。特にあんたみたいな平坦な顔つきの奴」
「は…はい…」
 少年はがっくりと肩を落とす。
「ひど…」
「気を落とすなよー。館林」
「落とすなって方が無理ですよ。それじゃ…失礼します」
 言って頭を下げると十二宮室から出て行った。
 
 
 
「あれ?姫は?」
 下校道で次期十二宮の面々が顔を見合わせる。
「え〜っとね〜なんか〜残ってやること〜あるからって〜」
「部屋で暴れ回ってなきゃいいけど…」
「ダイジョブダイジョブス」
「暁子ちゃんは〜相変わらず〜楽観主義だな〜」
「ミポリンが心配性なだけスよー。あ、全員電車スか?」
「俺、歩き。こっち」
 一は交差点で皆と逆の方向に足を向け立ち去る。
「イチクン無口スね。クールビューティー」
「イチクン?」
「『イチ』かわ『一』でイチクン。ダメスか?アタシ、ずっとそう呼んでるんスけど。心の中で勝手に」
「いや、いいかどうかは本人に承諾取らないとダメだろ」
「ミナトクンはミナトクンでいいスよね」
「…好きにしてください」
 ジャージ姿のミナトは大業にため息をつく。
「沙羅と俺も方向違うから」
 斉太郎が沙羅の肩を持って、足を止めた。
「あー、歩きスか?」
「迎えの車来てるから」
「おおーブルジョワスね」
「暁子ちゃん〜多分〜ブルジョワって〜褒め言葉じゃないよ〜」
「ええーそうなんスか?それは失礼」
「俺と葵も近所なんだから迎えに来てもらえればなー。おい、葵。どうせ来年から妹ズも加わって四人になるんだから、いっぺんに車通学頼もうよー」
 譲の提案に葵は大きく首を振り、頭を抱える。
「無理無理!ぜってー無理!健康に悪いからってデパートでエスカレーターも使わせない親だぜ!階段!おかげで俺も椿もチョー健脚!ぜってー長生きする!そんな親が車通学なんて認めるもんかよ!」
「まったく、人間国宝で金はあるのに困ったものだねー、取石のお父さんも」
 久都凛子の携帯が鳴る。取り出すと、常盤芽芽のアイコンが映し出された。
『CwUwTwEwお前も迎え頼めば?ブルジョワwwwSwAwMwAだろ?』
「CUTEじゃありません!久都です!」
 未歩梨が小首をかしげて微笑んだ。
「じゃぁ、この辺はみんな帰り道一緒だね〜」
 
 
 
 十二宮室で玲奈の目の前に書類の束が置かれた。
「何これ?」
「あ…えっと…亘さん……書類の整理とか苦手みたいだから手順とかまとめてみたんだけど…その…よかったら…」
 一瞬の間をおいてそれを手に取る玲奈。リュウイチは一瞬胸をなでおろしたが、しかし次の瞬間玲奈はそれを中身も見ずに破る。
「大きなお世話にもほどがある。バカにすんな。アンタに世話焼かれるなんて真っ平ごめんだ」
 静まり返る部屋。
「ちょっ…亘さん!」
「近寄るな!人に世話焼かれるくらいなら死んでやる!私は私一人の力で生きてやるんだから!」
 リュウイチは大きな体を床に丸めて紙くずを拾い集める。
「どいつもこいつもクズばっかり!二度と私に近寄るな!」
 玲奈は叫び声をあげると部屋の扉を大きな音を立てて閉めた。
 十二宮室の扉の外側で玲奈は唇をかみしめた。
「一人で…生きてやるんだから…」
 
 
 その日から亘玲奈は十二宮室に来なくなった。
 
 
 
 数日後、玲奈の教室にカズに連れられたリュウイチが現れた。
「あ…亘さん……その…」
「ウザイ。そのドモるのやめろ」
「亘さん!会長にそんな口…」
「このコミュ障のどこに会長の資格があるのよ!?単に星座が合ってただけじゃない!あー、もうヤダヤダヤダ!」
「……あ…あの……」
 クラスメイトの視線も気にせず、玲奈は声を上げる。
「話しかけんな!死ね!アンタなんか百害あって一利無し!家から出ない方が世の中のためなのよ!そのブサイクなツラ、二度とこの私の前に見せるな!いや、世間に見せるな!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「……あ…う……うわぁぁあぁぁ!!」
「伊賀!」
リュウイチはその場にうずくまる。カズが慌ててそれを起こした。
「…………ごめん……なさい…」
「消えろって言ったの分かんない?」
「……ご…めん……な…さい…」
 
 
 
 卒業式。答辞を読んでいるのはカズだった。
「結局、あれから伊賀会長は一回も登校せず…か」
 卒業生の生徒会席で十二宮のメンバーは
「大学の推薦もやめにしてくれって連絡あったらしいよ。出席日数足りてたから一応、高校は卒業扱いにはなるらしいけど」
「全員で卒業したかったよな…」
「なんか…どうしようもない会長だったけど…こうなると寂しいよね」
「後で会長の家に卒業証書届けに行こうか…」
 
 
 
 伊賀のマンションでリョウスケはリュウイチの部屋のドアをノックした。
「兄さん。兄さん。大丈夫ですか?ご飯少しは食べませんか?」
 返事がない。リョウスケは夕飯の盆をドアの前に置いた。
「…昼ご飯、ここに置いておきますね」
 インターホンが鳴った。オートロックのモニター越しにリョウスケが出る。
「はい?」
『あの…十二宮…生徒会のメンバーなのですがリュウイチさんは大丈夫でしょうか?卒業証書だけでも手渡したくて…』
「すみません。兄は僕や両親とも顔を合わさない状態でして、よろしければ僕が受け取りに参りますが…」
『はぁ…分かりました』
 リョウスケはエレベーターを降り、マンションの玄関に出た。白制服を着た十一人が並んでいた。
「はじめまして。兄がお世話になっています。伊賀リョウスケです」
「あ、どうも…リュウイチさんは…やっぱりダメでしたか…」
「はい、申し訳ありません」
 カズが一歩前に出て、大きな紙袋を差し出した。
「あ、これ卒業証書とアルバムです。よろしくお伝えください」
「わざわざありがとうございます」
「それじゃ、あまり長居するのもなんですので…」
 背中を見送りながら歯ぎしりをして、紙袋を踏みつける。
「…十二宮…絶対に許さない」
 
 
 
「お前!会長に謝りに行けよ!」
「葵!」
 卒業式の片付けが終わった後、十二宮室で玲奈は葵に首根っこをつかまれた。譲が慌てて止めに入る。
「私が何したって言うの?あのデブがメンタル弱すぎなだけじゃない?」
「いつまでデブって呼ぶんだよ!このアマ!伊賀会長って呼べ!」
「イガ?ああ、あのデブ伊賀って言ったんだ。覚えてなかった」
「お前記憶力ないのかよ!?成績優秀って触れ込みじゃなかったのか!?タダのバカか?」
 玲奈は自分より頭一つ高い葵の頬を叩いた。
「バカはどっちよ。どうでもいいこと覚えないのが本当に頭のいい人間ってものなの。分かる?」
「てめぇ、どこまで…」
 譲が葵を押さえつけた。
「落ち着け、葵!お前が興奮すると話し合いが話し合いにもならねーだろ!」
「止めるな、譲!俺はこのアマの頭叩き割らなきゃ気が済まねー!」
「バカ?うるさい、死ね」
 玲奈が腹を大きな拳で殴られて倒れ込む。小紫沙羅が慌てて駆け寄った。
「何すんのよ!この野蛮じ…」
 殴ったのは葵ではない。高坂累だった。
「何よ…アンタ…」
「死ねとか軽々しく言っていい言葉だと思ってるのか?人間は言葉で殺せるんだ。それをアンタは分かってない。そんな会長こっちから願い下げだ」
「こ、こっちこそ願い下げ!文句があるなら出て行けば?」
「ああ、そうさせてもらう」
 累は大きな足音を立てて部屋から立ち去る。
「それじゃ俺も。行こうぜ譲」
「あ…ああ」
 葵が譲の背中を押す。譲はそれに続いた。
「それじゃアタシも、独裁政治ってキライなんス」
「暁子ちゃんが〜そう言うなら〜私も〜」
 未歩梨と暁子も後を追う。
「俺もゴメンだな」
「あ、待ってよ。せーちゃん。あ、あの…ごめんなさい…私も失礼します」
 部屋を出る剣斉太郎の背中を見ながら小紫沙羅は慌てて一礼した。
「じゃ」
「皆に合わせるわけじゃないけどミナトも」
「では私も失礼させていただきます」
 久都が頭を下げるとポケットから機械音声が流れる。
『マジwwwぼっちwwwwカワイソスwww俺も離脱っwww』
 残されたの玲奈と館林だけだった。
「あの…亘先輩…その…」
「何?あんたも行けば?私は一人で問題ない」
「いえ…そういうわけには…」
「何よ!?笑いたいの!?そうでしょ!アンタ心の中でせせら笑ってるんでしょ!それとも何?同情して私の気を惹こうって魂胆!?」
「そ…そんなつもり…」
「出てけ!誰の顔も見たくない!」
「……分かりました…失礼します……」
 館林が頭を下げ心配げに部屋を出ると、一人取り残される玲奈。
「私は…一人でやれるんだから…」
 
 
 
 数十分一人で考え込んで、意を決したように玲奈は部屋の扉を開けた。
「キャッ!」
「うわっ!」
 茶色の長い髪の少女が扉にぶつかりそうになる。
「ちょっと危ない!」
「す、すみません!」
 少女はスプリングコートにスラックス姿だった。
(私服…)
「あの…生徒会室って…ここ…ですよね…?」
「そうだけど、関係者以外立ち入り禁止」
「あ…やっぱりそうですか…すみませんでした。卒業式見に来たついでに見学しようと思ったんですが…」
「見学?」
「はい。私来月からここの学校に特待生で入れてもらうことになってて…」
「特待生?ああ、学費も払えないビンボー人か」
「あはは、そうです。正直ですね。それで、なんか2年後の生徒会長になるように言われてまして…」
「2年後?」
「はい」
 少女は一礼して顔を上げる
「中務まゆりと申します」
 
 
 
 翌日、終業式の朝だった。校門の前で二人の少年が声を上げる。
「よう」
「え!?お前も着てこなかったのかよ!白制服!」
「俺はもともと着ねーって言ってただろーが、それよりお前はいいのかよ。今日始業式だぞ」
 声を上げる葵を譲は小突く。
「あなた方も通常制服なんですの?」
『反抗期wwwワロスwww』
「出席すらしない貴方が仰らないでください!」
「あれ?制服届いてただろ?」
「剣、そういうお前もどうなんだよ」
「俺、あんな会長についてまで十二宮やりたくないから」
「俺もだな」
「小紫、お前も?」
「あ…あの…私はせーちゃんが着ないって言うから…その…ごめんなさい…」
「俺に合わせてくれたの」
 沙羅の肩を抱き寄せる斉太郎。
「お前らもやっぱり白制服着てこなかったか」
「高坂もか」
「ああ、迷ったんだけど、こっちで正解だったな」
 市川が横を通り過ぎる
「イチクンは安定のスルーか」
 紺制服の揃った一同を学校指定のジャージ姿のミナトが通りかかった。
「で、ミナトクンは安定のジャージ。ていうか始業式までジャージかよ」
「そりゃ卒業式もジャージだったんだから」
「悪いですか?」
 ミナトは口をとがらせる。
「夏とかどうしてるんだ?」
「Tシャツにジャージです。何か?」
「その素行でよく十二宮入れたな」
「常盤が入れるくらいだから」
「おーい、はよス!」
「あ、千条姉妹!って、姉!」
 全員が目を丸くした。
「あ〜未歩梨でいいよ〜で〜何か〜?」
「何かじゃねぇ!その制服!」
「え〜白制服って〜今日からじゃ〜なかった〜?」
「そりゃそうだけど、妹は着てねーのに」
 紺制服の暁子が白制服の未歩梨の頭を小突く。
「ミポリン、言っても聞かなかったんスよ。今日から白制服だって」
「だって〜私〜十二宮だから〜」
 無邪気に笑い、小首をかしげる未歩梨。暁子はため息をついた。
 
 
 
「おい、なんだよあの十二宮席?」
「会長と副会長しかいねーじゃん」
「永戸、お前十二宮じゃなかったのかよ?」
「会長の素行不良のためボイコットー。ていうかストライキー」
「はぁ?」
 
 
「暁子ちゃん、未歩梨ちゃんは生徒会席にいるのにいいの?」
「朝、さんざん言ったんスけどね。あんな会長に従うことないって。でもミポリン聞かなかったんスよ。自分は一度十二宮に入ったからって。まあ…」
 暁子は前に屈んで頬杖をついて、十二宮席で一人真面目な顔をしている未歩梨を見つめながら微笑む。
「そこがミポリンのいいとこスよ」
 
 
 マイクの前に立つ館林。
「次は十二宮会長からの挨拶です」
 玲奈はスカートの膝をぎゅっと握り歯ぎしりする。
「私は…」
「亘会長?」
「私は…間違ってない…」
 立ち上がり、壇上に上った。
 
 
「お疲れ様〜会長さん〜」
 席に戻った玲奈に未歩梨が微笑みかける。
「ねぇ、あなた…名前なんだっけ?」
「え〜覚えてないの〜?未歩梨だよ〜千条未歩梨〜」
「千条……」
「未歩梨でいいよ〜」
「…未歩梨…あんた…」
 玲奈が顔を上げた。
「あんた、私の友達にならない?」



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