かむがたりうた 第廿参章「ヒトリ」




「愛は勝つ」と歌う青年

      愛と愛が戦うときはどうなるのだろう



        「チョコレート革命」俵万智



















「どういう…ことや…」

 三人の遺体が転がった境内で立ち尽くす琉真は後ろから肩を押された。

 振り返ると、砂城に肩を貸した灯流が石段を上ってきた。

「あなたは…?」

「そんなことよりこれはどういうことや?確かあんた死人を生き帰させる術をもってたやんな!それで…西夜を…」

「できることならとっくにやってます!」

 琉真は声を荒げた。

「でもそんなことしたらせっかく解けた須佐之男の術が…」

「あらあら、これは大変ですわね」

 琉真の耳に届いたのは聞き慣れた声。

「……あづみ…」

 あづみはコロコロと笑う。

「僕は…決めた……」

 言って太刀を西夜からゆっくりと取り上げ、あづみに向けた。

「もうこんな悲劇終わりにする」

 いつになく険しい表情だった。

「全部終わりにする」

「終わらせる、とは?」

「もう誰も殺させない」

 砂城もゆっくりと立ち上がった。

「死んで世界を救うなんて自己犠牲、さぞや気持ちがいいのでしょうね。でも私はごめんだわ」

「砂城さん」

 あづみはゆっくりと微笑んだ。

「こんなところにいて、よろしいのですか?あなたの『弱み』はここにはないでしょう?」

 砂城の目が見開かれた。

「まさか…紅音!」

「ご明察。今頃病院でどうされてるのでしょうね」

 顔がみるみるうちに青ざめる。

「琉クン!この場はまかせていい?」

「もとよりそのつもりでしたから、早く行ってあげてください」

 返事を待つより早く砂城は踵を返した。















「琉真とは会ってどのくらいになりますでしょうか」

「五年と三ヶ月十二日」

「数えてらしたのですか?」

「そのくらい、今日の日付が分かれば逆算できる」

「さすがは天才少年、といったところですわね」















 それは五年前の…正確には五年と三ヶ月十二日前の話。イギリス・マンチェスター。

 五歳の琉真は家の目の前の公園で一人数式を解いていた。

「そこ、三角関数を使ったほうが早いですわよ」

 流暢な英国英語に顔を上げた。そこにいたのは一人の少女。

「ごめんなさい。余計なことを…でもどうしても気になって」

 お隣いいかしら?と言って、ベンチの隣に腰掛けた。

「こんな時間に、学校はどうされたんです?」

「行く必要がないって…勉強は父さんが見てくれてます。今日は父さんが仕事でしたから」

「そうでしたか。よかったら私が見て差し上げますが…」

「じゃあ家に来られますか?」

「ええ、喜んで」

「あ、ただ父さんには内緒でお願いします。知らない人を家に入れるなってきつく言われてるので…」

「分かりましたわ。そうそう名乗り遅れました。わたくし、筑波あづみと申します」

「日本人…ですか」

「はい」

「僕、琉真=アークライトです。日本とイギリスのハーフです」

 二人は家に向かった。















 それから琉真とあづみは父の留守を見計らい、たびたび会うようになった。

 あづみは母親と世界中を回っていたらしく、日本に家があると言っていた。

「そうやってあちこちで男性を見つけるのが仕事みたいなものですから」

 あづみは笑って言ったが、その具体的な意味は琉真には分からなかった。















「お父さん、最近やせたんじゃない?」

「そうか?ちょっと立て続けに夢見が悪くてな。大丈夫だ」

 朝食時に疲れきった姿を見せる父親に琉真は眉をひそめることしかできなかった。















 事件が起きたのは琉真とあづみが出会って一年が過ぎようとしていたとき。

 相変わらず、二人で勉強したり遊んだりしていたところ、突然玄関を開ける音がした。

「琉真、仕事が早く片付いたから…」

 言いかけて父親の動きが止まった。玄関に女物のサンダルを見つけたからだ。

「琉真!誰か来ているのか!」

 隠れる間もなくリビングのドアを強く開ける。

「私の許可なしに家に人を入れるなと、あれほど言っただろう?」

 父親は琉真の頬を打つと同時に、あづみの姿を見て目を見開く。

「かずみ…いや、そんなはずは…」

 少女はぺこりと頭を下げた。

「お初にお目にかかります。筑波あづみと申します」

「筑波…まさかお前、かずみの…」

「はい、実の娘でございます」

  ガシャーン

 間をおかず、父親はあづみに飛び掛った。

「そうか!貴様がかずみの…」

「父さん!」

「よく聞け、琉真。こいつの母親は毒婦だ!何人もの男を渡り歩き、子供ができては捨てていく」

「それが…何だって言うの?」

 父親はあづみの首を絞めにかかった。

「最初から能力が目当てで琉真に近づいたんだろう!渡さない!絶対に…」

「…く……やめ…」

 抗う間もなくあづみの息は絶え、父親はその足で警察に出頭した。琉真はそのまま気を失い、目覚めたときには西夜の手続きで日本の病院のベッドの上だった。















「僕、今なら分かるんです。父さんが家に人が入るのを警戒したり、僕を学校に行かせず交友関係を狭めたりしていた理由が…」

 琉真はあづみに向かってゆっくりと切り出した。

「全部…全部僕のためだった。もっと早くそれに気づいていれば…」

「気づいていれば、どうだったんですの?私があなたのことを知って近づいた以上、結果は同じだったと思いますが…」

「そうですよ…」

 琉真はふらふらとあづみに近づいた。

「僕は…非力で…いつだって何もできなかった…でも…変わりたい。生きるか死ぬかも僕が決める」

「後悔くらい…いくらでもしますよ…」

 琉真の肩を抑えたのは灯流だった。彼女は西夜の遺体を苦々しそうに見つめながら、目を伏せた。

「それが生きているモンの責務っちゅうもんです。死ぬのはそれから逃げているからでしかない」

 口の端だけで苦笑する。

「何もできへんかったモンの言い訳かもしれませんがね」

 小声で「西夜のどアホが」と呟いた。

「あなたは…」

「時実灯流と申します。時実鏡子の孫と言えば分かっていただけますか?」

「孫?」

「ええ、助太刀いたします」

「…ありがごうございます。僕の責務は…貴女を…あづみを神界に追い返すことです」

「できるものなら」

 あづみは手元からナイフを取り出すと、琉真に向かって走り出した。

 灯流は琉真と自分の前の土に枝で一本の線を描く。カキンと音を立てその線の手前でナイフがはじかれた。目に見えない壁に当たったかのように。

「結界…ってほど大したもんやないけどな」

「時実の力ですか。まずは貴女から何とかしたほうがよさそうですわね」

「何とかできるものなら、やってみい!夢を見せることしかできへんあんたなんか敵やないわ!」

「でも貴女の力で私を神界に返すことはできないでしょう?」

「どうかな…」

 先ほどと同じように地面に線を描いた。

「同じ手を何度も食らうとでも?」

 線を避け、右に回る。

 ニヤリと口の端で灯流が笑ったのに琉真は気づいた。

(何!)考えるより先に体が動いてしまった。

 一瞬遅くあづみが気づいたのは地面に引かれたもう一本の線。恐らくあらかじめ描かれていたのだろう。その線に沿って空中に長方形を描く。

「神界への門、発動」

 あづみがその線に踏み込んだ瞬間、あっけなく彼女の姿は掻き消えた。

「す…すごい」

「これが能力者やない人間の戦いかたでっせ」

「すごいですよ!」

「お子様に戦わせるわけにはあきまへんからな」

 ぐしゃぐしゃと琉真の金髪を撫でた。

「でも能力者でもないのにこの術!さすが言霊使いの分家ですね!」

 悪意のない言葉に困ったような笑顔を返す。

「せやな、こうやって…」

 言葉を遮ったのは突如灯流の背後に現れたあづみ、彼女が持つ刃だった。刃は灯流の心臓を貫通していた。

「な……」

「わたくしは一度死んだ身。神界と人界を行き来することも自由ですのよ」

「時実さん!」

 目の前で倒れる少女の姿が先ほどの東子と重なった。

 倒れる一瞬前に灯流が自分に向かって目配せをした。その意味を琉真はすぐに理解する。倒れたときには灯流の息はなかった。

「たかが一人の人間が能力者に刃向かうとどうなるか」

「能力者が…能力者がそんなに偉いんですか…。能力者なら人を殺してもいいんですか…?」

 あふれる血の海の中で琉真はすくっと立ち上がった。

「僕は時実さんを生き返らせます。僕のために戦ってくれた時実灯流さんを」

「あら、それは助かりますわ」

 あづみは笑って答えた。琉真の手が淡く光る。スウッと灯流の顔に血の気が戻ってきた。琉真は息をつく。

「さて、あづみ」

 あづみのほうに振り返った。

「僕を殺してもらえますか?」















(紅音…紅音……!)

 砂城は病院へ行く道を必死で駆けていた。

 巻き込んじゃいけない。

 紅音を巻き込んじゃいけない。

 髪を振り乱してひたすら走る。

 巻き込んじゃ……いけない。

 そんなこととっくに分かってたのに…。

 コンクリートの道をひたすら走っていた。車は渋滞している。タクシーを使うよりも走ったほうが速いだろう。

 息が切れてきた。

(紅音!)

 ズサッと地面でつまづき道に叩きつけられる。

 顔に大きな擦り傷がついたのも構わず、よろよろと立ち上がる。

「ごめんね…紅音…頼りないお母さんで…ごめんね」

 血を拭うと、砂城は病院に向かってまた駆け出した。

 自分が何とかしなければならないのだ。

 自分だけが…。

 自分だけ……?

 ふと思い立ちスマホを取り出した。手早くメッセージを打ち込んですぐに閉じる。これで、分かってもらえれば…。















「僕を殺してもらえますか?」

「え?よろしいですの?」

 目を丸くした。

「僕の能力は一生で一度しか使えないものです。能力を使ったら死のうと決めていました。でも今の僕は安さんがかけた言霊で自分では死ねない」

「生き返ったりは?」

「しませんよ。あづみのいない世界なんて僕には意味がない。ただ一つだけお願いがあります」

「なんでしょう?」

「あづみ、あなたの手で殺してください。父さんが、あづみにしたように」

 琉真は目を細め笑った。あづみは一瞬驚いて、穏やかに笑う。ゆっくりと琉真の首に白い両手をかける。

「……く…」

 琉真は顔をしかめたが抵抗はしなかった。

「姉……さん」

 あづみは思わず目を見開く。

 しかし、もう琉真は息絶えていた。

「琉真…あなた知ってて…」

 手を離したが、灯流の起きる気配を感じ、あづみもそこから姿を消した。











  一緒にいてくれてありがとうね。

  あづみ姉さん。















「あのね、だからあかね、その時ね…」

 病室から明るい声が聞こえた。誰かと話している声。看護士だろうか。砂城は安堵の表情で病室に飛び込んだ。その途端、顔色を変える。

「弓……さん…」

 そこにあったのは弓比呂乃の姿だった。ベッドの脇のスツールに座って笑って頷いていた。

「なんであなたが…生き返ってるの……?」

 比呂乃はゆっくり振り返る。あの気の弱かった少女とは思えないほど、平然と微笑んだ。

「生き返っていませんよ。私の望みを決めただけです。紅音ちゃんが病気だなんて知らなかったものですから。私の死後の望みは一時的に人界へ戻り、紅音ちゃんの病気を治すこと、です」

「それを…信用しろっていうの……?」

 ポケットからナイフを取り出し比呂乃の首に当てた。

「いいですよ。その証拠にそれで私の首を掻き切ってください」

「さき!ひろのせんせいに何するの?」

 怯えたような紅音の声に砂城はハッと我に返った。手元にあったナイフを渋々収める。比呂乃は笑って紅音の頭を撫でた。

「何でもないよ。ちょっとケンカしただけ。紅音ちゃん、お病気治そうね」

 紅音の額に手をかざす。ほのかな光が灯ったと思ったら、そのまま気を失うようにベッドに倒れ込んだ。

「次、目を覚ます時には私のことは忘れているはずです」

 満足げに笑うと比呂乃は病室を後にした。

「貴女のお相手は私が」

 入れ替わるかのようにひらりと舞い降りてきたのは

「筑波…あづみ…」















「比呂乃!突然いなくなるから心配したんだよ!」

 巴はトボトボと歩く比呂乃の腕を捕まえた。

「比呂乃?」

 突然何かに弾かれたように彼女の目が見開かれる。

「巴…君」

 目を細めると巴は背伸びして頭ひとつ分高い比呂乃の首を抱き寄せた。

「もう…もうどこにも行かないで…比呂乃」

 比呂乃は巴の頭をそっと撫でた。

「そうだね、約束通り教えてあげる…巴君のこと」















 遥歌は一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。椅子に座ったまま背にもたれている。まるで論文を書いている途中でうたた寝をして長い夢を見ていたように。しかし辺りは天井まで本で埋め尽くされた書庫のような部屋の中心にいる。

「目覚められましたか?」

 傍でじっと座っていた深琴は目を合わせると穏やかに笑った。

「そうだ…私ひろちゃんに…」

 予感、というものだろうか、誰かの能力だろうか、不意に記憶の中に爆発に巻き込まれる様が目に入った。

「安…安が…!」

 立ち上がり、出入り口の扉を開けようとする遥歌を深琴は必死に押さえつけた。

「無駄です!やめてください!ここを開けられるのは架織だけです!」

「でも…安が…その都音君だって!」

「大丈夫ですから!安さんや架織が死ぬわけないんです!そういう『約束』でしたから!」

「約…束…?」

 遥歌は状況を察したのか、力なくその場に座り込む。

「あはは…そっか最初から…救いなんてなかったんだ…あたし達に…」

 涙がこぼれ落ちる。

「最初から…全部決められていたんだ…都音君…万夫さん…いや…この世界に」















「巴君は自分がどうして捨てられたか覚えてる?」

「覚えてる。母親から虐待っつーの?毎日殴られたり蹴られたりで…でも運がいいから間一髪で死ねなくて…家飛び出して…でもすぐにナヲに拾われた」

「じゃあ、巴君の『前の』巴さんの話は?」

 一瞬ためらったが小さく頷いた。

「ストリートの仲間からよく聞かされてたよ。ナヲからは一度も聞いたことなかったけど…だから」

 俯いたままで巴は続ける。

「ずっと怖かった…俺は単なる代わりなんじゃないかって…怖くて不安で…でも聞けなくて」

「うん」

「怖かった…ナヲが…怖かった」

 比呂乃は巴の肩を抱いて囁く。

「そんな怖い思いまでして生き返りたい?私はもう生き返りたくないんだよ」

 そして口の端だけで微笑んだ。















「筑波あづみ…貴女にはしてやられたことがあったわよね…」

「あら、そう言えばそうですわね。まだ根に持ってらっしゃったんですか」

 病室を出、人気のない中庭に出た二人。

 あづみは目を丸くする。

「そりゃそうよ」

「もっと気にするべきことがおありでしょう?例えば…どうして雪と私に面識があったのか、とか」

 今度は逆に砂城が目を見開く。

「雪が貴女がたに私の存在を告げてからお亡くなりになるまでに、一度でもイギリスに行ったりされましたか?いえ…連絡さえ取ったとも仰りましたか?」

「何が…言いたいのよ?」

「そうですわね…例えば、あくまで例えばの話ですわよ」

 ククク…とひとりごちた笑いを見せる。

「最初から雪は貴女がたを欺いていたとか」











「ふざけるな!雪が…雪が裏切るワケない!」

「その証拠は?」

「雪はずっと私たちと一緒にいた!」

「四六時中?二四時間三六五日?違うでしょう?雪の能力は貴女にとって非常に都合のいいものだった。ふとした拍子に人に一生の苦痛を与えてしまいかねない貴女の能力が利かないのだから。だから簡単に心を許した。油断した。『この人が自分の味方であってほしい』と希望論で進んでしまった。旗右栄さまも同じですわね」

「うるさい!あんたに何が分かるのよ!」

「困りましたわ。どうも物分りの悪い方のようですわね。もう一度だけはっきり申し上げましょうか?『旗右雪は最初から伊邪那岐側の人間だった』」

「黙れ!」

 叫ぶしかないのは否定できない証拠だと、砂城は自分でも分かっていた。

 でも…でも……

 両目からとめどなく流れ落ちる涙を砂城は拭うことさえできなかった。

「それでも…雪は……私の救いだったのよ…」

 無意識のうちに手をかざす。

「きゃああああああ!」

 あづみの叫び声に我に返った。目の前であづみがうずくまって全身から容赦なく襲う痛みにもだえ苦しんでいる。

(私…無意識のうちに能力を…?)

 背筋がゾッと寒くなった。それよりも目の前の彼女を何とかしなければ。

『死よりも苦しい苦痛を半永久的に与え続ける能力』

 何とかしなければ…いけないのか?自分の能力を解くには死しかない。だが、筑波あづみは既に死んでいるのだ。

 どうすればいい?

(放っておけばいい)

 不意にそんな考えが頭をよぎった。そしてよぎったのは母親の苦痛の顔。

(自業自得だ)

 そう、雪も言っていた。自業自得…なのか?

(お母さん…)

 救う手立てが…あるはずだ。砂城はポケットからナイフを取り出すと、背中の急所につきたてた。

「うわあああああああ!」

 温かい血が流れ出す。あづみはその場に倒れこんだ。

「二度…死ぬことって……できるんですのね……」

「最後までその口調なのね」

 ナイフを抜いてハンカチで血を拭う。

「ムカつくわ」

 ため息をついた時にはあづみは事切れていた。

「あなた達の敗因はね…子どもを弱点だと思ったこと。母親ってこの世で一番図太いのよ。父親が誰であろうと私は紅音の母親になれてサイコーに幸せだった。」

 言い捨てる背後から弱弱しい気配を感じ振り返った。

「さき…そのひと…ころしちゃったの…?」

「紅音!」

 砂城は目を見開いた。いつから見ていたのだろう。柱の陰に隠れていた小さな体。

「ち、違うの!紅音!」

 慌てて小さな頭を撫でようとする。

「いやぁ!さきのひとごろし!いやだ!いやだ!ひとごろしのおかあさんなんていやだ!」

 紅音は必死で逃げだした。走ることもままならない子供の足だ。追いつくことは容易かったが、砂城にはそれができなかった。その場に膝をつく。

「あか…ね…」

 どうすればいい?

 自分もまた娘に憎まれ生きながらえるのか?

 娘のことをすぐに壊れてしまう『砂の城』と名付けたあの母のように?

「…ね…がい…」

 不意に頭をよぎった。

「そうだ。願えばいいんだ。あの子がこれから幸せに生きていけることを。願って…」

 死ねばいいんだ。

 砂城は生唾を呑み、あづみを刺したナイフを首に突き立てる。そして、携帯のボタンを一つ押すと自分の首を掻き切った。病院内だったので二人の遺体はすぐに発見されたが治療は間に合わなかった。











  ねぇ紅音

  あなたはこれからどんな人生を歩むのかな?















 それは雪が栄と初めて会う数日前のこと。

「見つけましたわ!」

 街を歩いていると、突然自分の腰ほどしか背のない体に抱きつかれた。振り返ると上品なワンピースを焦げ茶のクセっ毛の少女が涙を流しながらしがみついている。雪は必死に振りほどこうとするが離れない。

「な…誰だ?あんた!」

「旗右雪さまですわね?」

「あ…ああ…」

「助けて下さい!お願いします!どうか助けて下さいませ!」

「ち、ちょっと待て。とりあえず離れろ!人目が痛い!」

「あ、失礼致しました」

 少女はようやく雪から離れる。

「あんたは?」

「わたくしは筑波あづみと申します。人にわたくしの思い通りの夢を見せる能力者です」

「助けてってのはあんたをか?俺の能力を知って…」

「知っています。そして貴方は苦しんでいる能力者を集めてらっしゃる…」

 幼いが凛とした態度で少女は語る。

「助けて下さい。わたくしではありません。わたくしはいずれ死にます。そうなると一人になってしまう琉真=アークライトという能力者を仲間に加えてあげてください。琉真はとても賢いですが孤独で弱い子なんです。どうか独りぼっちにしないであげてください。そのためなら、わたくし何でも致しますわ」

 雪は困ったように頭をかく。

「あのさぁ、お嬢さん。その丁寧な態度は感服するけど、こっちも趣味やボランティアで…」

「知っております。あなたの目的はバラバラになっている生き残ろうとする能力者を一カ所に集めて一斉に死に追いやることでございましょう?ならば条件に適わないわけではないと思います。ただ、あの子はいずれ迎える死まで誰かに側にいてあげてほしいんです」

 雪は目を見開く。

「それにタダでとは申しません。貴方のお探しの能力者の居場所を教えて差し上げます。火神・火之迦具土神の能力を持つ栄さまの居場所を存じ上げております。いかがでしょうか?」

「え…?」

 あづみはメモを差し出した。

「ここに栄さまのよくいらっしゃる場所が…それからもう一枚…」

 紙片を雪に渡す。

「琉真はイギリスに住んでおりますが、こちらはわたくしの日本の住所になります。琉真が日本に来る時、訪れるとしたらそこになると思います。どうか…どうか…よろしくお願いいたします。旗右雪さま」

 あづみは大きく頭を下げる。雪は二枚のメモを見て微笑み頷き、あづみの頭を撫でた。

「分かった。約束する…それから、ありがとうな」











 それが出会いのきっかけ。















「クソ…」

 琉真の屍を見て状況を悟った灯流は親指を噛んだ。

「結局ウチらは蚊帳の外ってことですかい」

 自分は助けられただけだった。ただの足手まといだった。

「西夜といい、これだから能力者ってヤツは…」















 池条ナヲは泉原智樹をソファに寝かせると、コーヒーを片手パソコンに向かいだした。

 しばらくしてスマホのメール着信のライトがついているのに気がついた。

「茅原砂城…あのバカが…」

 死を惜しむ声ではなかった。単純に頭数が減って困っているだけ。

「これで残るは俺だけじゃねーかよ」





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