かむがたりうた 第拾肆章「タイジ」




春に浮かれ

夏に戯れ

秋に酔い

どこかへ押しやっていた

故郷



昨年より

少しでも多くの

帰郷や便りをと

書き出したノートは

空白のまま



もう

真っ白な霜が降りて

吐く息も白く

背中を丸めているにちがいない

父と母



        土岐 静「後悔」















「おはようございます…あれ?弓さんは…『また』?」

 比呂乃が居候を初めて十日ほどした朝。

 制服に着替え、ボサボサの髪のままで居間に出てきた安は、既に朝食が並べられていた。西夜,東子と鏡子が座っている大きなちゃぶ台の前に座った。

 ちなみに琉真はまだぐっすりと眠っている。頭脳はともかく生活習慣は子供のままらしい。

「とっくに出て行かれましたよ。また朝食も召し上がらずに」

 白飯をお櫃から入れながら、鏡子は答えた。

「学校までそんな時間かからへんのになぁ。昼はパンでも買うてるとしても、夕飯もいつも食べへんと、どないしとるんやろか?」

 西夜は安の方に向き直る。

「食事の世話まで、とか、気ぃ遣うてはるんかなぁ…。弓さんが何か食べてはるとこ、見たことある?」

 安は首を横に振る。

「ストリートの連中にお菓子あげたりはしてるみたいだけど、自分では全然食べてないし…。三食コンビニで済ませてるとか?」

「どうせみんな居候の身なんやから遠慮なんてせぇへんでいいのになぁ」

 鏡子も困り顔で頷いた。

「自分の分は作らなくていい、っておっしゃられても作る方としてはそうもいきませんしね」















 学校に近いコンビニで、制服姿の比呂乃はノーカロリーのゼリー状ドリンクを四つとペットボトルのお茶を買い込んできた。

「いらっしゃいませ」

 見慣れた顔の店員は「またか」という風に、しかし無表情なままで慣れた手で袋に入れた。

「ありがとうございました」















「………………何?」

 昼休み。

 遥歌は歴史研究部の部室で、小さな二段重ねの弁当箱を広げていた。その向かいで、購買部で買ったパンと紙パックのフルーツ牛乳を頬張りながら、じーっと食べる遥歌を見つめていた。

「ハルは毎日お母さんの作ったオベントだよね?」

「ん?羨ましいんなら西夜君に作ってもらえば?」

 左手で本をめくり、右手の箸で卵焼きを食べながら、嫌味がましく遥歌は言う。

「いや、そうじゃなくて…弓さんがね……」

 比呂乃の名前が出た瞬間、遥歌の顔が強ばった。

「えっと…その…弓さんが、家に来てから一切食べるところを見たことないんだ」

「ダイエット?」

「でも彼女、充分に細いだろ。今さらダイエットなんて…」

「あー、分かってない!どんなに痩せてても『もっと痩せたい』って思うのが女心ってものなのよ」

 箸を振り上げて、呆れ顔で言う。

「あたしだってお腹さえ空かなきゃ食べずにいたいわよ」

「ハルも?どこを痩せるの?」

 安は首を傾げる。

「うわ,ホント分かってない!いーわよね!代謝のいい男は!」

 遥歌は頭を抱えて喚いた。

「でもハルは、むしろ、もうちょっとぽっちゃりしてても可愛いよ」

 遥歌は髪を掻く。

「そ、そう?」

 安は嬉しげに照れる遥歌の全身を机越しに見て言った。

「特に胸」

 次の瞬間、狭い部室からただならぬ物音がしたのは言うまでもない。















「あはははははっ、そりゃ,お前が悪いわ」

「素直に言っただけなのに…」

 体中に青あざをつくりヨロヨロと教室に戻った安は智樹にことの顛末を話し大爆笑されていた。

「お前さぁ、もうちょっとハルさんの気持ち分かってやれよ」

 安の鼻先をピッと指差した。

「弓さん…だっけ?その子が好きなら文句は言わねー…ていうか俺には言えねーけど」

 その話題になった途端、安の背後から暗雲が立ちこめた。

「え?何?もしかして禁句だった?」

「………告白された瞬間フラれた…他に好きな人がいるって」

 智樹の表情が固まる。

「ご、ごめん…そ、そう…でも心変わりってことが…」

「父さんの大学卒で、高収入の国家公務員で、ドのつく美形で、明るくて、表向きは人当たりよくて…」

「うわっ、勝てねー!」

 安の顔がショボンとする。

「そりゃ池条さんには勝てないよぉ」

(池条…?)智樹の顔が少し疑問に揺れた。だが単なる同姓だという可能性もある。

 安は首を傾げた。















「やっぱり、ここでしたか」

 放課後、比呂乃は相も変わらずストリートの子がお菓子を食べる様子を眺めていた。

「太榎さん」

「メールしても返事ないから、直接言ってくれって西夜が『今日は一緒に夕飯食べよう』七時には帰ってくれって」

 比呂乃は困ったように笑った。

「いつも言ってますけど、私は夕飯は…」

「食べよう!」

 安は笑って言った。

「西夜の料理絶品ですよ!あの家にいてあれを食べないなんてもったいない!」

 言って手を差し出す。

「で…でも……」

 ためらう比呂乃。

「俺も一緒に行ってやろうか、比呂乃?」

 聞き覚えのある青年の声が突然割り込んできた。

「池条さん!」

「ナヲさん!」

 二人の声が重なる。

 いつからいたのか、そこに立っていたのはスーツ姿のナヲだった。

「で…でも急に人数が増えると…おかずとか」

 ナヲは一人で続ける。

「どうせ大家族だろ?それについて行くだけだから食べないし。どう?比呂乃?」

 比呂乃はコクコクと頷く。

「は…はい!ナヲさんがそう言ってくださるなら」

 大きく頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 心中穏やかではない安だったが、これで比呂乃が食べてくれるならやむを得ない。いそいそと帰り支度を始める比呂乃と、通勤鞄を左右持ち帰るナヲを交互に見ていた。

「ナヲ、もう帰るの?」

 巴が後ろから声をかけた。

「ああ、ちょっと用事ができた」

 ナヲは軽くあしらう。

「比呂乃について行くんなら俺でもいいのに…」

 巴は不満げに頬をふくらませた。

「そうもいかねーの。ほら、弁当買って来たから皆で食べな」

 ナヲはスーパーの袋を巴に渡す。

「…うん……」

 比呂乃は顔を赤らめながらも、今まで見たことのないほど生き生きとした表情をナヲに向けていた。安と巴は同じような視線を比呂乃に向けていたが、互いにそれに気づきはしなかった。















「おかえり〜。よかった、弓さん帰って来てくれたんや。ありがと安……と…え?」

 思わぬ来客に西夜は目を見開く。

「俺のことはドーゾ、オカマイナク。比呂乃の付き添いだから」

 言ってナヲは比呂乃の細い肩に手を置く。

「いや、大丈夫。おかずもう一品増やせば、池条さんの分も…安、僕の部屋からテーブル居間に運んでもろていい?」

「分かった」

 夕飯時に来た客に何も出さないのはプライドが許さないらしい。西夜は脱ぎかけていたエプロンをもう一度着た。



「ちょーどいい。ご夫婦そろって紅音ちゃんのお迎えですか」

「偶然会っただけだ。それより貴様が何故ここにいる?」

 遠慮なく顔をしかめる栄と砂城を冷やかしながら、月子は口笛を吹いた。

「オレ、嫌われてるねぇ。いいこと教えてあげようと思って探してたのに」

「どーせ、ロクなことじゃないでしょ?」

「どーかなぁ」















 大きなちゃぶ台と小さめの折りたたみ式のテーブルを合わせて、トマトソースのロールキャベツと小盛りのシーフードパスタを人数分出してきた。サラダと、団子大のミニコロッケとエビフライが大皿に並べられていた。

「これ、全部西夜が?」

「僕も手伝いましたよ、少しですが。鏡子おばあさんがお出かけ中ですので」

 琉真が小皿を配りながら言った。

「部活サボれば、このくらいは…」

「辞めりゃいいのに、部活……」

 比呂乃は戸惑ってから下手に座った。

「俺ロールキャベツはトマトよりクリームなんだけど」

「いやなら食べへんでええです。あ、弓さんは嫌いなもんとかあったら遠慮なく避けてもろていいから」

 しばらくの間を置いて頷く。

「比呂乃ー、このバカどもの前だからってムリすんなよ」

 ナヲの言葉に比呂乃は困ったように頷き、手を合わせる。

「…………いただきます」

 ロールキャベツを箸で丁寧に切って口に運ぶ。

「…おいしいです、すごく」

 西夜の顔がパッと華やぐ。

 しかし比呂乃の表情は強ばったままだった。

 変化が訪れたのはロールキャベツを一つ食べ終わった時。

 比呂乃がグッと両手で口を覆ったのは。

「ち…ちょっとお手洗いお借りします」

 慌てて比呂乃は居間を出た。

「な、何!」

「やっぱりな」

「池条さん、どういうことです?」

「あーあ」と言った表情で、エビフライとサラダを自分の皿に盛る。

「拒食症なんだよ、あいつ」

「拒食症?」

 微かだが、洗面所の方から食べ物を吐き出す物音と声が聞こえた。

「最初はストレスやダイエットから始まるんだけど、次第に食べられなくなって、無理に食べると戻すんだよ。よりによって、こんなカロリー高そうなものばっか出すって、アホだな西夜」

 少し経って、口元をハンカチで拭きながら、吐いたからなのか申し訳なさから来たものなのか涙目の比呂乃が戻ってきた。

「すみません…やっぱり…私…」

 東子が肩を押して、比呂乃は居間から出て行った。

「西夜は軽く見過ぎなんだよ、人を預かるってことに」

 ナヲの言葉に西夜はシュンと頭を下げた。















 遥歌は姉と台所に立っていた。

「しかし、どう言う風の吹き回し?料理ほとんどしないあんたがお弁当って」

「いいじゃない。お姉ちゃんファミレスの厨房でバイトしてるんだから教えてよ」

「安君じゃないわよね。ローカロリーでヘルシーな献立って」

「安の友達の女の子!」

 言って卵を両手で丁寧に割った。

「卵は卵焼きじゃなくて、レンジでスクランブルエッグを作るの。これで完成!料理くらいできないと安君に…」

 その瞬間、遥歌の手が止まった「遥歌、どうしたの?」

 姉の声を聞かず遥歌はエプロンを外し、スクランブルエッグを使い捨ての容器に入れ、輪ゴムでしばる。手早くそれを紙袋に入れると、走り出した。

「ちょっと行かなきゃならなくなった!料理、教えてくれてありがと!」

 言うと玄関から、慌てて駆け出した。















「さあ、行きましょうか」

「どーせ前には出ないテメーが仕切るな」

 都音架織の言葉に杜叶は彼の頭を叩いた。

「太榎さんに会うと面倒なんですもん」

「構わん。どうせお前がいても大した戦力にはならん。俺達が狙うのはただひとつ」

 須佐之男が石段を上りながら、冷たく言った。

「弓比呂乃の能力は欲しい…というか向こうに置いておくには危険すぎるからな」

「…と琉真=アークライトもですわね」

 ひらりと空色のスカートを翻し、筑波あづみは赤味がかったくせっ毛を手早く束ねた。















 気まずい沈黙の流れる食卓に突然、黒猫が乱入してきた。

「どないしたん?」

 西夜はその小さな体を両手で受け止める。

 数秒の後、西夜の顔色が変わった。

「琉真!東子と弓さんを連れて奥の部屋に!」

「何事です?」

「早く!」

 その剣幕に琉真は頷く。

「俺は?」

「安は…表には出て来ないで!物陰にでも隠れて、いざって時は呼ぶから!」

「分かった」

 西夜の指示で慌ただしく動き出す中、ナヲが腰をゆっくりと上げ、バン、と障子を開く。そこに立っていたのは、二人の青年と一人の少女。

「やれやれ、伊邪那岐のおつかいですか。ご苦労なこった」

 西夜とナヲは彼らと対峙し庭に歩み出る。

「てめーに用はねーよ、退け」

 杜叶がナヲに向かって言った。

「言われなくとも」

「へ?」

「ちょっと、お嬢さん失礼」

 ナヲは軽く助走するとあづみの両肩に手をつき低い背を軽々と飛び越した。

「池条さん!何を?」

「俺を勝手に頭数に入れんな」

「な!」

 ナヲは思いきり空気を読んでいない返事を返す。

「俺は文科系なんでね。体力勝負は苦手なんだよ。逃げさせてもらうぜ。行くんなら一人で戦いな。それじゃっ」

 ナヲは石段を駆け下りた。

 西夜はギッと歯ぎしりする。

(三対一か……)

 須佐之男はどこからともなく長剣を取り出し、凍ったままの表情で西夜に向けた。

「須佐…之…男……」

「安心しろ。お前は殺さない。俺にかけた術を消さない限りはな」

 しかしタートルネックの上から首筋に浅い傷をつけて行く。

「俺が死なせない」

「丁!」

 西夜の声に応えて、カラスの大群が襲いかかる。須佐之男の大剣が一太刀すると風が巻き、次々とカラスは風に斬られていった。

「子ども騙しだ。お前の能力はそんなものではないだろう」

 剣が胸から肩を切り裂いた。

「うわあぁあ!」

 西夜はその場に倒れ込む。赤い血がじわじわと砂を汚す。

「西夜!」

 安が慌てて姿を見せる。

(言霊を使えば……)

『ケガ治れ!』

 みるみるうちに血は止まったが、出血がひどかったのか、まだ立てる状態ではない。

「次はてめーが相手か?オオエヤスシ様」

 杜叶がニヤニヤと言った。

「まともに使いこなせてない言霊でどこまで戦えるか、見物ですわね」

「あなたは…前に病院でお会いした…やっぱり能力者だったんですね」

「ええ『奇遇』ですわね」

 あづみはコロコロと笑った。

「バカにしないでください。『奇遇』じゃないことくらい分かりますよ」

 言いながら安は内心必死に「何を言えばいいか」を考えていた。

『あんたら……』

「ストーップ!安クン!」

 素早いかかと落しで、安の口を塞いだのは聞き慣れた声。

「怪我人を増やしてどうする、砂城」

 石段からゆっくりと上がって来たのは栄と月子。

「下がっていろ、太榎。もし貴様が『こいつら全員を消す』とでも言えるなら別だがな」

 西夜はヨロめきながらも立ち上がった。

「無理しない方がいいんじゃないか?水吹のお坊ちゃん」

 月子が飄々と言い放つ。

「うっさい、平気や…」

「だーかーらー、俺は文科系だって」

「だからナイフ貸してやったんじゃん」

「お前その盗聴グセやめろよ。一体どれだけ知ってんだ?」

 また弱みを握られたらしい。石段を上ってきたナヲの手には、大きめのサバイバルナイフの刃が出されていた。栄は革手袋を外し、三人を順に睨みつけた。

「いざって時は中を連中を頼むよ、安クン」

 月子は折りたたみ式の薙刀を慣れた手つきで素早く組み立てた。

「で、でも館風さん…普通の人なのに」

 長い薙刀を片手でブン、と軽々と振り回し、安の目前に刃を差し出す。

「バカにしないでくれるかな?『桔梗』が死んでから能力者に対抗するためにどれだけ努力をしたと思う?」

「なら俺が相手してもらおっか」

 スッと新しい人影が現れた。月子の顔が凍りつく。サングラスをかけた青年はニヤリと笑う。月子と鏡に映したようなその姿。

「き……桔梗……?」

「忘れてはいないようだね、月子。その格好も中々似合ってる」

 サングラスを取ったその姿はは月子が一番よく知っている顔。

 館風桔梗のものだった。

「これで四対五だよ、水吹くん」















「…そろった」

 一番奥の部屋で東子は目を光らせた。

「?何か言いましたか、弓さん?」

「いいえ、琉真さんこそ」

『じゃぁ東…』二人が同時に言おうとした途端、人影が現れた。

「ほしい能力者がこうも無防備に集まってくれているとは…」

 都音架織はにっこりと笑い

「ありがたいことです」

 ペコリと一礼した。















「約束…したじゃんか、桔梗。もう生き返ったりなんかしないって…」

 月子が声を絞り出す。

「お前が心配だからに決まってるだろ」

 桔梗、と呼ばれた青年は月子の顎に手を置き、優しく微笑む。

「ウソつけ!」

 薙刀が一閃するのを、身軽に避ける。

「やめとけって、その武器じゃ俺には勝てない。俺の能力は知ってるよな?」

 月子は歯ぎしりする。桔梗は大きな黒い靴を脱いだ。

 途端、月子を中心に小さな竜巻のような風が起こる。

 その中をひらりと飛ぶ桔梗。

 薙刀の一太刀で風が切り裂かれた。

「やるねぇ、月子」

 風の上に立つように浮かんだまま、明らかに馬鹿にしたように言う。

「俺は本当に心配なんだよ。俺のことなんて忘れて平凡に生きてくれてると嬉しかったのに」

 言うと地面にふわりと落ち桔梗は月子の両頬に手のひらを触れさせる。

 優しく笑う桔梗に月子は何も言えなかった。自分が一番よく知ってる体温、匂い、容姿、振りほどけない。桔梗は月子に軽く口づけする。これが戦いでなければ、どんなによかっただろう。すがりついて、泣いていただろうか。

「やめろ!」

 月子は薙刀の刃で桔梗も左太ももを切り裂いた。

「痛って〜。何?もう俺たち単なる敵同士?」

「…………ああ『館風桔梗』は一人で十分だ」

「そう言うなら…悪いね、手加減するから」

 月子がグッと身構える。

「鎌鼬」

 二人を包んでいた竜巻が一斉に刃になって襲いかかる。そのほとんどを月子は薙刀で払いのける。

「やるねぇ月子。でも、最後の一個が残ってる」

 言うが早いか、月子が反応するが早いか、一番大きな刃がその肩を切り裂いた。月子はその場に倒れ込んだ。

「約…束…守ってほしかった……」

「あぁ、俺もだよ、月子」

 立ち上がることのできない月子には何も言わず桔梗は踵を返した。















「今度は逃げないでくださいよ、池条さん」

「この状況で二度も逃げれるほどには器用じゃねーよ」

 言うと、懐からサバイバルナイフを取り出した。

「ムダだ。こっちには預言者がついている」

(荒神・須佐之男…言霊で治ったとはいえ、さっきまで怪我人だった奴と、戦う能力を持たない俺とじゃ敵わねーだろうな)

「須佐之男サン、あんたはなんで戦うんだ?」

「天照…水吹西夜に術を『消させる』ためだ」

 ナヲは肩をすくめた。

「じゃあ、俺と戦う理由はないわけか」

「でもウチそんな術かけた覚えない!」

 西夜が反論の声を上げる。

「それを思い出させるために戦う、それだけだ」

「術ってどんな…」

「本当に覚えていないのか」

 須佐之男はため息をついた。その隙にナヲは容赦なく心臓にナイフを刺した。しかし、須佐之男はビクともしない。血の一筋も流れないその切り口から須佐之男はナイフを抜き、地面に捨てると左手に大太刀が現れた。

「俺を死なせない術だ」

 先ほどと同じ西夜の肩から胸を切り裂いた。治りかけていた傷口がまた開く。

「うわぁああぁ!」

「西夜!」

「出て来うへんでええ!安!」

「何でだよ!」

「こいつらの最終目的は安やからや!言うたやろ、安はウチが守るって!」















「私の相手は貴様か?」

 杜叶は頷く代わりに右手を軽く降った。右肘より先が黒い刃になる。

(これがこいつの能力か。剣になろうと元が生身である限り私には触れられないはずだ)

 杜叶は慣れた様子で素早く左肩に向かって刃を下ろす。

「ムダ…」

 栄が言うより先に肩から血が吹き出す。突然の出来事に栄は痛み以上に驚きに襲われる。

「…な…」

「『ムダだ』って言いたかったのかよ?」

 とっさに杜叶の素手の方を掴んだが、燃える素振りすらない。

(能力が…利かない?)

「……何者だ?…貴様……」

「伊邪那岐様のお遣いの杜叶…とだけ言っておこうか」

 とっさにすぐ傍に落ちていた月子のサバイバルナイフを拾った。

「窮鼠猫を噛む、ってのでも期待してんの?それこそムダだぜ。ネズミはどこまで行ってもネズミなんだよ」

「それでも…何もしないネズミには…なりたく…ない」

「愚の骨頂だな」

 なぁ、西夜、この光景を見て何もしないでいられるのか?

 俺はこういうのを助けるために呼ばれたんじゃないのか?

 こういう時のための「言霊遣い」じゃないのか?

 自分の無力さをまざまざと目の当たりにさせられるために俺はここにいるのか?















「あなたはご自分の能力をお使いにならないのですね」

「そっちこそ。私の能力知っててそんな事言うなんて、よっぽどいい度胸してるか、Mかね」

 砂城は髪をかきあげた。

「できれば前者の方でお願いしますわ」

「それよりどうでもいいけどそのお嬢様言葉やめてくれない?学校のバカな連中思い出してどうもムカつくのよ」

「あら、雪は気に入ってくれましたのに」





  バンッ





 辺りを一閃する銃声。銃弾があづみの頬をかすめる。

「何であんたが雪のこと知ってんのよ…」

 俯いたまま両手で持っていた煙の出る銃を下ろした。

「次に雪の名前出したら当てるわよ」

「あらあら、怖いこと。でもね」

 自分の頬についた血を砂城の頬に塗る。

「貴女は雪に棄てられたの、まだお気づきになりませんか?」

 砂城はかぶりを振った。

「い……いやぁあああ!」

 バン、バン、と何発もの銃弾を弾かせながら、全てあづみは身軽に避けていった。

「私よ!私しかいなかったもの!雪は私のものだったのよ!」

 空になった銃の引金をそれでも何度もカシャ、カシャと引いていた。

「雪は『もの』ではありませんわ」

 言って、頬に軽く口づけをする。砂城はゆっくりと後ろに倒れる。

「砂城!」

「よそ見か!」

 栄が受け止めようと走り出すのを杜叶が見逃すはずがなかった。後ろからバッサリと刃を走らせる。

「うああぁあ……!」

 血が溢れ出す。

「おやすみなさい」

 代わりにあづみが倒れる砂城を受け止めた。

「よい夢を」



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