かむがたりうた 第序ノ弐章「コイ」




あなたはずるい

明るく心配するふりをして

折々ひょいと電話をしてくる

秀才でスポーツマンで

誰からも好かれたのに

わたしはときどき

面と向かってあなたに

悪態をつく

悪態をついても

決定的な決裂にはならない

そうやって半世紀近くが

過ぎてしまった

およそてがみというものを

書かないあなた

催促すると曖昧に笑って

たちまち一年が経つ



        二界友理子「友」



















「館風〜どーした〜?三日も大学休んで、風邪か〜?」

 お世辞にもきれいとは言えない古い木造アパートの一階。インターホンは壊れているので、扉を乱暴にノックする青年。

「館風〜いないのか〜?」

 青年はドアノブに手をかけると、ギシギシと音を立てて開いた。

 その先の光景を見てギョッとする。四畳半の部屋に這いずるような体勢で倒れている青年。

「館風!」

「……ま…松谷……」

 同い年の男性にしては華奢な肩を掴んで半身を起こす。

「どうした!館風?」

 乾いた唇が微かに動く。

「……は……」

「『は』?」

 ひどい剣幕で松谷と言われた青年は聞き返す。

「……腹減った…」

 その言葉を最後に桔梗…いや、月子は息絶えた。

 いや、単に意識を失っただけなのだが。

「はあぁあああああ?」















「まったく。一週間近く何も食べてない上に、電車代もなくてバイトにも行けなかったなんて!バカか、てめー?」

 怒る松谷には構わず、彼の買って来たコンビニ弁当を品もなくがっつく。

「そういう時は誰かに電話…ってまさかまた携帯止められたのか?」

 ハンバーグと卵焼きを同時に頬張った状態で頷く。ゴクリと呑み込むと月子は笑って頭をかいた。

「そうなんだよ、バイト先にかける公衆電話代もなくってさぁ。現在所持金四円。ごめん、バイト代入ったら弁当代払うから」

「そんな死にかけてた奴から金取れるかよ。いらねーって。それからこれ」

 ドサッと大きなビニール袋を三つ置いた。中には様々なパンや腹持ちのよさそうな菓子、カップラーメンがこれでもかと詰め込まれていた。

「これだけあれば、次の給料日まで持つだろ?金なんか気にするなよ。代わりに…そうだな…次の文学史のレポート俺の分も書け」

 月子は袋の中を見ながら、目をキラキラさせた。

「………松谷……」

「ん?」

「俺の彼氏にならない?」







ずさがたどさがっどたっ







「うわ、痛そ…」

 転んで壁に思いっきり頭をぶつけた松谷に、月子が呟く。

「お前なぁ…冗談でもそういうこと…」

「彼女の方がよかった?」

 首をかしげる桔梗に、頭をさすりながら言った。

「もうお前がすっかり元気だってこと、よ〜く分かったよ!じゃあ俺帰るからな!」

「ありがと〜、また明日学校でね〜」















 松谷を見えなくなるまで見送ると、玄関の扉を閉めた。窓から黒猫が身軽に入ってくる。

「ユエ」

 よしよし、と撫でてやると、気持ちよさそうに伸びをした。

「お前は野良のふりして、誰かからエサちゃんともらってたのか?」

 窓の外はきれいな夕焼けに染まっていた。ユエ、と名づけられた猫を抱いて窓に歩み寄った。

「結構本気だったんだけどなぁ。フラれちゃったよ、亮良」

 しゅんとした顔は「月子」のものだった。ユエが見上げると、彼女はフフッと笑った。

「大丈夫だよ、桔梗。俺は浮気したりしないから」















これからもこうやって生きて行く。

俺はこうやって生きて行く。

壊れてしまった恋を胸に抱いて。

一生恋をして生きて行く。

誰になんと言われようとも。



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