かむがたりうた 第弐章「ハジマリ」




君が往き 日長くなりぬ 造木の

          迎へを行かむ 待つには待たじ



        「古事記」下巻・允恭記



















 どこで何を間違えたのか考えてみる











 母さんがいなくなってから俺と父さんはずっと二人で暮らして来たが、実際は父さんと話したことはおろか、顔を合わせたこともほとんどない。

「仕事が忙しい人だから」そう言って周りが世話を焼いてくれたので、さほど気にしなかった。父さんが俺を避けてることなど、その日まで考えもしなかった。















「にちようさんかん?」

 それは小学一年の父の日を間近に迎えた頃のこと『日曜参観のお知らせ』と書かれた保護者向けプリントを渡された。

「安くんはいつもの参観日はお父さんが来られないけど、今回は来てもらえるといいわね」

 優しい声で教諭が言った。

「来てくれるかな」

「きっとね。ちゃんとプリント見せるのよ」

 それは本当に他愛もないことだけど、俺にとっては魔法のようで、全ての救いになるように思えたんだ。















「おかえりなさい!」

 リビングのソファに座ってテレビを見ていると、時計は十一時を回っていた。

「まだ起きていたのか。早く寝ろ」

 万夫はネクタイを外しながら無愛想に言う。

「あ…あの…これ」

 プリントを差し出した。

「日曜参観?くだらん」

「その…日曜なら………大学も休みだから」

「日曜は毎週研修会だ。分かっているだろう」

「で…でも一日くらい…」

  救いは

「ねぇ父さん……」

  あると

 シャツの裾をつかんだ。

「放せ、化け物が!」

 その途端、小さな手は振り払われる。青ざめた険しい父親の表情が目に入った。











今思えばなんて滑稽なんだろう

父さんの目には

俺が化け物にしか見えていないなら

化け物が学校のプリントを持って

「日曜参観に来てください」なんて

どんなに滑稽な絵なんだろう

一瞬で打ちくだされた救いや希望を

俺はまだ拾い集めようとしている

そんなもの最初からなかったとは考えないように

俺は まだあがこうとしている















「おはようございます」

 わざと遅めに起きた安に、叔母は台所で振り返らず頷いた。

「駿さんは大学ですか?」

「ええ、夕方まで帰らないって」

 心の中で胸を撫で下ろした。

「俺、散歩してきます。食事はいりませんので」

「そう」











息が、つまる











「みんなニュースなどで知っていると思うが、昨日、太榎のお父さんが亡くなった。しばらく学校も休むそうだ」

 教諭が出席簿を見ながら言うのを聞いて、遥歌の前の席の女子が振り返った。

「天川さん、太榎くんってやっぱり転校するの?」

「多分ね」

「えー!ヤダー!太榎くんってなんか可愛いじゃん。結構好きだったのになぁ」

「ウソー!やめてよー!島村さんみたいにきれいな人が」











息が、つまる











 コンビニで朝食のパンとジュースを買って公園のベンチに座っていた。するとカラスが安の足下で止まって物欲しげに見つめて来た。安がメロンパンのかけらをあげると、おいしそうに食べる。よく慣れてるなぁと感心しつつ安は目を閉じた。











大丈夫

今までもそうして来たんだ

不安はないわけじゃないけど

俺は一人でもやっていける















 五時限目の予鈴が響いた。慌てて教室へ戻る人の声を背に遥歌はぼんやりとホットコーヒーの缶を眺めていた。人気のない校舎の片隅。自販機コーナーのベンチに浅く腰かけ立ち上がろうともしない。

(何も知らないことなんて分かってつもりなのになぁ……)

 できることなら何も知らないことすらも知らないままでいたかった。











淋しいよりも辛い。

辛いよりも苦しい。

苦しいよりも……。





  ガンッ





スチール缶を落として革靴の踵で踏み付けた。まだ残っていた中身が溢れだし小さな水溜まりを作る。

「…………悔しい」

 口の奥で呟く。











どうすればいい?

私はどうすればいい?

分からない。

考えがまとまってくれない。

どうすれば…………









 その時だった。





「馬鹿か?わざわざ買ったものを潰して」

 聞き慣れた声に顔をあげる。いつからいたのだろうか。校舎の通用口に立っていた『彼』は遥歌と目が合うのを待たずに自販機の前に行き、小銭を何枚か入れた。ブレザーの上からコートを羽織り、しかし、その動かない表情には寒さなど微塵も感じさせない。

 遥歌はようやく声を出した。

「……旗右先輩」

 遥歌の声に応えず栄は紙コップに注がれるブラックコーヒーを眺めていた。

 沈黙に耐えかねて遥歌は口を開く。

「今日は三年生は卒業式の予行でしたっけ?もう終わったんですか?」

 特に答えず、カップを取り出す。

(サボりか…)

「珍しいですね。先輩が飲み物買う所なんて見たの二度目かな…」

「さあな」

 いつもなら気にならない普段と変わらない沈黙が痛い。

 チャイムが鳴る。栄はゆっくり顔を上げ、校舎の方を見た。

「いいのか?」

「いいんです、別に」

 苛立つ遥歌の答えにも栄はそうか、と呟くだけだった。

「…先輩っていっつも『ああ』とか『そうか』とかしか言いませんよね」

「そうか」

 少しだけ、腹が立った。何に、かは分からないが、とにかくイライラした。

「いつだって、そう。先輩『も』そうやって自分は関係ないって…」

 やめろ、こんなのただの八つ当たりだ。

「きっと…何があったって平気な顔してる」

 みっともない。

 こんなのただの………………。

「太榎…安か」

 胸を突かれ顔を上げた。

「知ってたんですか?」

「さあな」

 赤い自販機にもたれてコーヒーを一口だけ飲む。遥歌は自嘲気味に口だけで笑った。

「カッコ悪いなぁ、あたし」

 何にも出来ないことなんて分かってたつもりなのに。

「安の面倒見てるようなフリしてて、ねぇ」

 栄の顔は見なかった。きっといつも通りの顔で黙って立っているだけだから。

「悪いが、何を言っているのかよく分からない」

「だから………!」

 栄のカップがゴミ箱に投げ捨てられた。

「話したいのなら、勝手に話せ。終わるまで、私はここにいる。必要なら相槌くらいは打ってやる」

 彼は立っていてくれるだけだから。

「………そういう所がズルいんですよ、先輩は」

「邪魔ならそう言え。私も早く帰りたい」

  ガシッ

 座ったまま栄のコートの裾を固くつかんだ。

「褒めたんですよ、今のは」

久しぶりに遥歌は顔を上げて笑った。気がした。











風が冷たかった。

痛いほど冷たかった。

「小学校上がった頃から一緒だったんですよ。あたしが安の近所に引っ越して来てから、ずっと。あいつ、昔っからトロくてね。何したって最後だったからお目付役みたいにされてたんですよ。離れるなんて考えなかった。こんなに急にいなくなるなんて思ってもみなかった」

 いつだって一緒にいるべきだと思ってた。

「だから…何か分からないんですよ。いなくなったことが淋しいのか…」

 栄は黙ってただ聞いていてくれた。

「安にとってあたしなんかいなくても平気だったってことが悔しいのか」

 どうして何も言ってくれなかったのか。事情があったとしても一言くらい言ってくれてもよかったのに。

「大体いっつも、優しいフリしてるばっかりで自分勝手でわがままで、人のことなんてなーんにも考えてない。千二百円貸したまんまだし、本当なら来週英語の追試受けなきゃ進級できなかったはずだったし、言いたいことだっていっぱい………」

 いっぱいあったのに。

「…それで、貴様はどうしたい?」

「え?」

 聞き返したが栄は答えなかった。

「……」

「ただ後悔しているのは結構楽だろう?」

 低い声。

 彼の声はいつだって手短に真実だけを告げる。

「そんなこと……分かって…ます……よ」

 分かっている。分かっているんだけど……。

「………怖い」

安に会うのが怖い。

会って迷惑をかけるのが怖い。

会ってこれ以上拒絶されるのが怖い。

淋しいよりも悔しいよりも先にあった感情。

こんなんじゃ、あたしただの憶病者だ。

遥歌はうつむき、グッと目を閉じた。

泣くものか。

こんなことで泣くものか。

こんなことくらいで泣くものか。

堪えた瞳からそれでも溢れ出す雫が膝に落ちる。

「もう一度聞く。それで、貴様はどうしたい?」

「………安に……会いたい」

 何かに蹴られたように大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちる。栄はただ黙って立っていた。

会いたい

「……会いたい……よぉ……」

会って何がしたいわけでも、言いたいわけでもない。

顔が見たい。

声が聞きたい。

バカみたいだ。そんなバカみたいなこと

あたし、恋をしているみたいじゃない。

「なら会いに行けばいい」

 簡単に言ってくれる。いつも通りの無表情な言葉が、悲しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。

「…先輩っ…女の子が泣いてる時は…コートでも…かけるかハンカチでも差し出す…のが礼儀ってものでしょ…」

 しゃくり上げながら言う遥歌に栄は目もとだけで呆れた顔をする。

「お前……何様だ?」

 眼鏡を押し上げながら言い、それでもそこに立っていた。それだけで十分だった。

 いつの間にか嗚咽は笑い声に変わり、いつまでも赤い目で遥歌は声を上げて笑っていた。

あたし、恋をしているみたいじゃない。















「ここでXの二乗を…」





  ガラッ





 授業の途中で派手な音を立て教室の引き戸が開いた。

「あ…天川、保健室にでも行ってたか?」

 優等生なおかげで信頼は厚く、教諭はサボッていたとは言わなかった。

「そうです。非常に体調が優れないので天川遥歌、早退します」

 元気よくキッパリと言い放った遥歌は、すぐさま荷物をまとめると教室を出て行った。

 ざわめく教室で智樹とは架織は顔を見合わせクスクスと笑った。

「さすが、それでこそハルさんだ」

 どこか羨ましそうに呟く。

「愛されてますねぇ、太榎さん」















「見ぃちゃった。見ちゃったぁ」

 甲高い声は学校の敷地を仕切るフェンスの向こうから聞こえて来た。

「…何の用だ、砂城(さき)?」

 あからさまに不機嫌な様子で敷地外の方へ目をやった。

 手を振っているのは他校の制服を来た美女。明るい日差しに金に染めたロングヘアーが揺れる。

「たまたま弘英に寄ったらいいもの見れちゃった。女の子に優しい栄クンなんて初めて」

「何のことだ?」

「ヤダッ、自覚なし?砂城にもあんな優しくしてほしいなー」

 笑って言う彼女をまるで動物園の動物を見るような目で一瞥した後、栄は踵を返した。

「ちょっとー!無視しないでよー!」











さぁ集え















 叔母の家に戻った安は玄関を見、駿の靴があるのに気がついた。

 リビングに入るとソファに駿と叔母が座っていた。安はソファの一人席に座った。

「早かったんですね、駿さん」





怯むな





「話の前に相談があるんです」





笑え





「俺、一人で暮らしちゃいけませんか?」





  今のあなたたちには





 叔母が目を見開いた。





  願ったりのはずだ





「父さんの貯金で今の高校を出るくらいならなんとか…」

「安くん、それはやめた方がいいわ」

「え?」

 一番喜ぶと思っていた叔母が安の言葉を遮った。

「じゃぁ俺はどうすれば…」





  何だ……?

  この人

  手放したくないのに

  近くに置きたくないみたいな





「やっぱり、この家で暮らして…」

「母さん、一人暮らしさせるべきだよ。どこかこの近くにアパートでも借りて住まわせれば…」

「え?」

 相変わらず刺のある口調で言い放った駿の言葉に安は目を丸くした。自分は前の家で暮らし、東京の今の高校を卒業するつもりで言ったのに…。

 やっぱりおかしい。

「あの…一つ聞いていいですか?」

 安が会話を止めた。

「『呪われた能力』ってなんですか?」

 急に二人の顔が凍りつく。

「俺は駿さんや叔母さんの言ってることがよく分かりません」

 構わず安は言葉を続ける。

「それってその『能力』ってのに関係あるんでしょうか?そんな…」

「やめて!」

「母さん!」





  パシイッ





 騒然とした部屋に一音が響き渡る。叔母の手のひらが、安の頬をありったけの力で弾いた。

「黙って!喋らないで!」

「母さん!」

 静止も聞かずに声を荒げる。

「あなたなんて…兄さんを殺した化け物のクセに!」

「母さん!」

「そうよ、私は知ってるわ」

 駿に抑えられても言葉を続けた。安は呆然として動けない。

「あなた『たち』が殺したのよ」

 憎しみの目が安に向けられる。

「万夫兄さんを」





  父さん





「殺したのよ」





  俺は化け物なのですか?





「へぇ、それはまた興味深い仮説」

 座ったまま動けない安を引き戻したのは聞き慣れたよく通る声だった。





  光が





「論拠を聞かせてもらいましょうか」





 よく知ってる声





  射した





「なっ!」

「はじめまして、叔母さま。天川遥歌と申します」

 安が呆然とする中で制服に学校指定のコートを着た姿のままの遥歌は自信たっぷりに言い放った。鍵空いてましたよ、不用心ですね、と皮肉げに言う。

「太榎安の…十年来のお目付役です」

「ハル!何でここに!」

「姫(やすし)を連れ戻しに参りました」

 きっぱりと言い放つ。

 しゃんと伸びた背すじ。

 自信にあふれた目。

 叔母と駿が唖然としている。

「と、いうわけで帰るわよ、安」

 新幹線って高いわね、と付け加えて。

「いや…」

 口ごもる安の頬を軽くたたいた。

「ウダウダ言わない」

  さぁ、全力で開き直れ

「あんたはどうしたいの?」

「俺は……タコもカニも嫌いだなぁ…と」

「うんうん、それでこそ安」

「待って!」

 叔母が声を荒げた。

「駄目…。あなたが太榎の目を離れては…」

「何故です?」

「それは…」

「ややなぁ、しゃべったったらええのに」

 聞いたことのない言葉が安の背後からした。振り返るとリビングの入り口に一人の少年が立っていた。ダッフルコートの下からはタートルネックのセーターが見える。短く切った髪に大きな目が映える相当な美少年。

「安さんの能力が怖いけど、野放しにするのはもっと怖いて」

「水吹さん!あなたいつ大阪に?」

 叔母が立ち上がった。

「京都のお母様がどれほど気にしてたか!」

「そないなことより」

「そんなことですって!」

「安さんはウチの家で預かるてのはどない?折衷案として」

 満面の笑顔でサラリと言う。

「はぁ?」

 同時に声を出したのは遥歌と安の方だった。

「ウチの東京の家なら空き部屋もあるし今の高校まで通える。あんたらは要は見張りがほしいんやろ。ならウチが引き受けるで」

「で、でも水吹さんにそんな…」

 駿が口を挟む。

「うっさいなぁ」

 少年はその駿の前に来ると楽しそうな声と顔で言った。

「万夫はんのおらへん太榎家なんていつ滅ぼしてもええんやで☆なんなら就職先に言って内定取り消しにしてもろたろか?」

 ひいっ、と肩をすくめる。

(何、今の?)青ざめる安にはお構いなしに、くるりと無垢な笑顔で振り返った。

「ほい、万事解決☆帰る準備して」















「で、水吹君だっけ?」

「西夜でええよ、年下やし。あ、中二…もうすぐ中三ね」

 家を出た安たち三人は駅に向かう歩道橋を上っていた。

「で、あなたは何者なワケ?」

 うさんくさいものを見る目で遥歌は尋ねる。

「家出少年」

「は?」

「ウチの実家、京都の割と名の通った名家なんやけど、まぁそないな家に嫌気がさして家出して、今は妹と東京におる親戚の神社に居候しとる」

(やっぱり、うさんくさい)安はすっかり西夜の話の聞き役になっている。

(そもそもあたしが出て来たのってムダ足じゃないのよっ)

「ハル」

 安の声に振り返った。

「来てくれてありがとう」

  バカげてる

  笑顔がこんなに嬉しいなんて

「嬉しかった」

  まるで恋をしてるみたいじゃない

「西夜君、クリームコロッケ作れる?」

「は?」

  仕方ないじゃない

「安の好物はクリームコロッケとラーメン。嫌いなのは缶詰のアスパラとタコの刺身。いつもは十時半に寝るけど、テスト前は最低十二時まで勉強させること。帰宅部だけど補習常習犯だから帰るのは結構遅い。朝が異常に弱いから殴ってでも起こすこと」

  今さら気づいちゃったんだから

「少しでも嫌な思いさせたら、どんな手使ってでも連れ戻すから」

 西夜は笑って頷く。

「ウチ、クリームコロッケ作れるから」

(違う!強調するのはそこじゃない!)

「ったく!あたし一人で帰る!」

「へ?」

「帰るの!」

 言うと、走って駅の方へ向かいだした。

「?」

 残された男二人は訳も分からず見合わせる。

 仕方ないので二人でゆっくり歩き出した。

「安くん」

 追って来たのだろう。叔母の声に安の肩が震えた。

「叔母さん」

「あなた、絶対に後悔するわよ」

「で…でも叔母さん昨日……」

 バサァという羽音が辺り一面に響く。

「後悔なんて何を選んかてするモンやろ。大事なんはその大小や。それともあなたは安さんが絶対後悔せえへんレールを敷けるん?すごいね」

 数十羽のカラスが三人を囲むように並んで飛ぶ。

「ひぃっ」

 叔母が声を上げた。

「いやぁ!化け物!」

 西夜は安のコートの袖口をつかんだ。

「逃げるで!説明は後で!」

 全力で二人は走り出した。















「あー、脅しに引っかかってくれてよかった」

「脅し?」

 どれくらい走っただろう。一羽のカラスが息を切らせた西夜の肩に乗る。

「そう、こいつは頭はいいけど普通のカラス。やて彼女には十分な脅しやろ」

「まさか朝の…」

「そう、様子見に行かせたんや」

 カラスは安に向かってペコリと頭を下げて見せた。

「そしてこれがウチの能力」

「『能力』?」

 その一言に反応した。

「そう、ウチの能力はあらゆる動物を自在に操ることができる」

 西夜の顔はいつも通りの笑顔だった。

「さて、何から話そか」















「安さんは古事記って知っとる?」

「聞いたこともない」

 ここに遥歌がいたら傷害事件でも起きそうな答え。

「簡単に言えば神話や史実を集めた大昔の歴史書や。編者は太安万侶」

「はぁ…」

 話が見えない。

「安さん…太榎家はその直系子孫なんや。安万侶には特殊な能力があって代々受け継がれていた。つまり…安さんは気づいてないけどその力がある」

「西夜みたいな?」

「いや、ウチは古事記に書かれた神の能力を受け継ぐ者の一人にすぎへん」

「すぎへんって…」

「信じる信じないは自由だけど、ウチみたいな能力を持った人は他にも何人もおって、それぞれに苦しんで生きとる。できれば安に力を貸してほしい」

「力をって…何かの間違いだよ、西夜。俺はそんな大した人間じゃない」

「そないして自分の価値を決めんといて」











父さん、まだあがいてもいいんですか?

救いはあると信じてもいいんですか?















 疑うとか 聞きたいこととかより 出て来た言葉は





「……西夜は一体何者なの?」





 身を刺すような風が通り過ぎる。西夜は振り返り、静かに微笑む。

「一つだけ、人と違う能力を持ってるだけの……」





明るく、悲しい笑顔。

それは『願い』なのか。





「化け物でも、まして神様でもない、人とは違う能力を持って、人より少しだけ厄介な事情を抱えた…安さんもウチもただの人間やよ、安さん」





ねぇ父さん





「もっともウチも強制するつもりはあらへん。安さんが一人で暮らしたいならそれも悪くないと思う。親戚がうっさいなら表向きウチの家におるってことにしてもいいし」

 西夜は安の肩をたたいた。

「大丈夫ってもう言わへんでええんやで。大丈夫じゃないときは泣きわめいて助けを求めてかまへん」





迷うな 笑え





「安さんはどうしたい?」

「………『安』でいいよ」

 右手を差し出した。西夜の手がそれを握る。

「よろしく、西夜」











さぁ集え











「西夜さんから電話がありましたよ。今東京駅だそうです。太榎安さんを連れて来られると仰っていました」

 ほとんど何もない広い和室で座って本を読んでいた袴姿の少女は顔を上げた。

 うつろな瞳で何かを考えた後、静かに頷く。

 老婆は優しく微笑むと、ゆっくりと頭を下げ、障子を閉めた。











運命を始めよう















はじまりは冬だった。

少しずつ狂い始めた歯車に気付くものはまだいない。

これをずっと後になって

ひどく後悔するものは

いくらでもいたはずなのに。



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