遺書




 届くはずもない
 君への別れの手紙なんかを
 書きなぐって
 自分に酔っていたら
 話が広がって
 話がそれて行って
 遺書みたいになってしまったから
 引き出しの奥の奥に
 しまっておくことにした。
 
 
 
 「私がいなくなったら
  君はどうやって生きていくの?
  オムレツの作り方くらい
  教えてあげたらよかった?
  そんなくだらないことばかりが
  不安でたまらない
  きっと寂しいのも君のほう
  きっと困るのも君のほう
  だから」
 
 
 
 まだ当分
 死ぬ予定はないけど
 ついこの間までは
 君と別れる予定もなかった
 何が起こるか分からない
 世の中だから
 遺書くらい
 残しておいても
 きっと怒られることもない。
 
 
 
 「今手元にあるものと言ったら
  残高が三桁の通帳と
  今月の家賃がまだの
  アパートくらい
  どうでもいい奴かも知れないけど
  何も分からないままで
  いなくなるのは嫌だから
  せめてあと一言
  できればもうちょっと
  何か言ってほしかった」
 
 
 
 引き出しで眠る封筒を
 手探りでつかむ
 
 
 
 ねえ、郵便屋さん
 映画でよくある
 私が死んだら彼の元に
 この手紙が渡るってヤツ
 あれって
 どうやったらお願いできるんすか?
 
 
 
 「せめてあと一言
  別れの言葉くらい欲しかった」
  
  
  

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